「おいおい慶賀、今はふざける所じゃねぇって」
「そうだよ。ほら、神職さま達にも迷惑かけちゃうからさ」
「何か言ってよ、慶賀」
縋るような目は今にも泣き出しそうな目に変わる。ぎ、と誰かが奥歯を噛み締める音が聞こえたような気がした。
「黙ってちゃ分かんねぇだろ、慶賀ッ!」
泰紀くんの怒鳴り声がお腹の底に響く。
慶賀くんがゆっくりと顔を上げた。泣きながら笑っている。何もかも諦めたような表情に胸が締め付けられる。
「ごめん。でも、こうするしかなかったんだ。俺はもう、そっちには戻れないよ」
その言葉は殴られるより痛かった。
慶賀くんが白くなるほど握りしめていた拳を天高く振り上げる。拳に黒い何かが握られていたことに気付いた。
何度も私たちのピンチを救ってくれたそれは、慶賀くんが漢方薬学部で作った煙玉だ。
皆が衝撃に備えたり身を低くして構える中で、一人だけが動き出した。色褪せてくたびれた紫色の袴がはためく。
煙玉が弾けるよりも先に、机や椅子が倒れてぶつかる激しい音がした。顔を上げると薫先生が慶賀くんの上に今乗りになって取り押さえている。
「────お前まで、そんな事言うなよ」
薫先生の震えた声、顔は見えない。頼りなくて怒りに満ちていて、泣き出しそうで怯えていて。
ただその言葉には、私が感じ取った以上の思いが込められていることだけは分かった。



