「────掛まくも恐き山犬神の 大前に恐み恐みも白す 子孫の八十続きに至るまで 五穀豊穣を恵み給ひて」
咄嗟に脳裏に浮かんだ祝詞を勢いよく紡ぐ。
「夜の守り日の守り 家の守りに幸へ腸へと 恐み恐みも白す……!」
見えない何かが私の横を駆け抜けた。つむじ風のように通り過ぎて行ったそれが、まだ僅かに残っていた煙幕に触れることでほんの僅かに姿を現す。
四足で駆け抜けるその体に、小さい頭とピンと立った耳。駆ける度に跳ね上がる尻尾は私もよく知っている生き物だった。
それは土を蹴り上げて伊也の身体に飛びかかる。
「クソッタレがッ!」
悪態を吐く伊也の腕に噛み付くその生き物の姿が見えた。怪し火の火力が僅かに弱まり、その隙を見逃さなかった眞奉が怪し火を押し返した。火の粉を散らして弾け飛ぶ。
「良い判断です、妖狐は犬を嫌いますから。あれは山犬神の眷属でしょう」
眞奉の言葉に顎を引いて頷いた。
私が奏上したのは山犬神祝詞、その名の通り山犬の神さまの力を借りて五穀豊穣と子孫繁栄を願う祝詞だ。
攻撃が出来る祝詞を思いつかずただ妖狐が犬を嫌うことを思い出し、もしかしたら山犬神が力を貸してくれるかもしれないと思って奏上したところ、山犬神はご自身の眷属を私の元に下ろしてくれたらしい。
眷属と言えど神に仕える彼もまた神、十分に強い。



