怪し火が激しく家屋を包み込む。水の膜のイメージが頭の中で激しく揺らぐ。

暴れ狂う火を打ち消すような、水の澄み渡った清浄さをこの声に乗せろ。


「────此の心悪子(さがなきこ)心荒(こころあら)ひそは 水神(みずのかみ)(ひさご) 埴山姫(はにやまひめ) 川菜を持て鎮奉(しずめまつ)れと 事教(ことおし)悟給(さといたま)ひき 依之(これより)て 雑々(くさぐさ)の物を(そなえ)て 天津祝詞(あまつのりと)太祝詞(ふとのりと)の事を以て 稱辭(ただえごと)竟奉(をへまつら)くと申すッ……!」


次の瞬間、激しい爆発音とともに燃え盛る炎が水蒸気へと変わった。水蒸気を孕んだ熱風がぶわりと私に襲いかかる。

とっさに身を縮めたものの、服で隠しきれなかった首や腕に激しい熱を感じる。声をあげれば喉も焼かれそうな気がして必死に唇をかみ締めた。

熱風はすぐに通り過ぎていき、ハッと顔を上げる。

家屋を包み込んでいた怪し火は消えて、雨に降られた後みたいに屋根や壁が濡れていた。急いで家の中を確認する。火の手は中まで及んでいたようだけれど、大きな被害にはなっていない。

鎮火祝詞の奏上が成功したんだ。


「……ッ、次!」


喜んでいる暇はない。火をつけられたのはこの家だけではなかった。すぐに次の家の鎮火に取り掛からなければ。

玄関を飛び出して隣の家の前に立った。


ひとつ深呼吸をして乱れた心を落ち着け、もう一度柏手を打ち鳴らす。