「き、鬼市くん! 今の黒狐族だよね? どうして八瀬童子の里に……」
黒狐族といえば最近赤狐族の里を襲った妖狐の妖一族だ。過去には千歳狐と呼ばれる特別な存在の妖狐である瓏くんをさらったこともある。
そんな黒狐族がどうしてここに。
「わからない。でもあの火は妖狐特有の怪し火、やつらの仕業だ。黒狐族は八瀬童子の里を襲おうとしている」
ぎ、と鬼市くんが奥歯をかみ締めた。鋭い眼光で燃え盛る家屋を睨む。瞳の奥に激しい怒りが揺らめいているのが見えた。
「俺は今から里に戻って知らせてくる」
「だったら私が形代を」
「いや、こっちの方が早い」
次の瞬間、鬼市くんの黒い瞳孔がぎゅっと縮んで背丈が拳一個分くらい高くなった。袴から伸びるふくらはぎや袖から見えた腕がが棍棒のように太い。
そうか妖力……!
鬼市くんたち鬼の一族は妖力を使うことで常人離れした力を使えるようになる。
「妖力を使えば俺の足の方が早い。悪いが巫寿はここで待機してくれ」
「分かった。だったら私はバレないように影から鎮火祝詞を試してみる」
目を見開いた鬼市くん。私の顔を凝視したあと、何かをこらえるようにきつく目を瞑った。
あいつらの家を頼む。
そう言い切るのとほぼ同時に、鬼市くんは駆け出した。



