「巫寿! 井戸!」


すぐに言葉の意図がわかって駆け出した。共有の井戸の傍には桶が転がっていてすぐに滑車につないで中に放り落とす。

でもどうして火事なんか。火の始末を忘れてしまったのだろうか。

勢いよくロープを引っ張ったその時、「巫寿……!」突然名前が呼ばれ両肩を勢いよく掴まれた。そのまま力強く下に押されて井戸の影にストンと腰を下ろす。

驚いて振り返った。


「ど、どうしたの鬼────」

「静かに」


シ、と唇に人差し指を当てた鬼市くんが強ばった顔で井戸の影から少しだけ顔を出す。一体何事かと思いながらもひとつ頷いて同じように顔を出した。

燃える家屋をじっと見つめる。すると燃え盛る家屋の入口から黒い影が出てくるのが見えた。


「おい、そっちはどうだ」

「もぬけの殻だ。誰もいない」


会話する声が風に乗って聞こえてくる。男だ。男たちが会話している。

見た目は30代くらいだろうか、黒い着流しに黒い狐面を身につけている。乱れた黒髪の間から、黒い獣耳がピンと立っていた。

は、と息を飲んだ。


黒狐(こっこ)族……!」


思わずそう呟き目を瞠った鬼市くんが私の口を塞いだ。井戸の影に背中を押し付けて覆い被さる。


「今人の声がしなかったか?」

「そうか? 俺には聞こえなかったが」


心臓が激しく音を立てる。


「おいお前たち、雑談してる暇はないぞ! 早く燃やして次に行け!」


また別の声がして男たちがバタバタとその場を離れていく。険しい顔でそれを睨みつけていた鬼市くんがやっと手を離した。