鬼市くんからその話を聞いたからかもしれないけれど、旅先で確かに男の子に出会ったような記憶が蘇ってきた。

旅先で迷子になった話は昔お兄ちゃんから聞いたことがある。近所に住んでいる男の子が見つけてくれたんだと。

まさかその旅先が八瀬童子の里で、見つけてくれた男の子が鬼市くんだったなんて。


「"泣いてもいいけど拭いなさい。涙で前を曇らせちゃ駄目よ"────それ、お母さんの口癖だったの。私が泣き虫だったから」

「ああ。幼い巫寿もそう言ってた」


鬼市くんは昔を懐かしむように目を細めて頷く。


「巫寿は何気なく言った言葉だったかもしれないが、俺にとっては大切な言葉になった。稽古を頑張る理由にもなった。言霊の力を持っている女の子なら、頭領になって宮司になれば、いつかまた会えると思ったから」


嬉しいような照れくさいような気持ちだ。

小さい頃の鬼市くんを応援する言葉になっていたことは純粋に嬉しかった。


「再会できた時は、本当に嬉しかった。小さかった女の子は昔のまま真っ直ぐで純粋で、言祝ぎに満ちていた」

「ちょ、褒めすぎだよ」

「事実だからな。……ああ、あといっそう可愛くなってた」


勘弁して、と額を押えて細い声で抗議すると鬼市くんはまた真面目な顔をして「事実だからな」と繰り返した。