「おい、巫寿」
鬼市くんと雑談を続けていると後ろから名前を呼ばれた。振り向くと横笛を手にした恵衣くんが相変わらずの険しい顔で私を見ている。
「恵衣くん。どうしたの?」
「巫女頭が、神楽殿が空いたからリハーサルしたいなら使っていいって。俺は今から笛の練習するけど」
「ほんと? じゃあ私も練習したい。これ置いたら向かうね」
ひとつ頷いた恵衣くんはちらりと鬼市くんに視線を送る。
「鬼のくせにそんな物も一人で持てないのか」
「幽世では最近そういうのを妖ハラスメントって呼んでるぞ」
ち、と舌打ちした恵衣くんは顔をゆがめて視線を逸らす。眉間に彫刻張りの深いしわを刻んで大股で歩いていった。
見えなくなった背中に、鬼市くんが呆れたように溜息をこぼす。なんかごめん、と肩をすくめると小さく首を振った。
「自分の気持ちにも気づかずに焦って奪うことに必死なやつは俺の敵じゃない」
「えっと……なぞなぞ?」
「まぁそんな感じ」
不思議な言い方をする鬼市くんにふぅんと相槌を打つ。
でも俺の敵じゃないってことは、いずれは仲良くできるってことだろうか?



