おそらく頼豪鼠族が奇襲してきた時、あの子の仲のいい友達は皆里の学び舎にいたはずだ。


「お前の父ちゃんや母ちゃんも、同じようにお前を守りたくてそう言うたんや。父ちゃんがしっかり里守れるように、いつまでもベソベソ泣くんは止めぇ」


信乃くんが優しく背中を叩く。しかしその瞳には隠しきれない動揺が見えた。

広間の入口の方で床が軋む音がしてそっと振り返る。入口に立つ鬼市くんの姿があった。よく見ると重なるようにもう一つ影がある。鬼市くんの腰に手を回し身を固くして隠れる小さな影。

足の間から細くて長い尻尾が揺れている。


目が合った鬼市くんは小さく首を振った。そして背中に隠れる小さな影の頭を叩くように撫でる。ほんの少し見えた小さな頭には丸くて大きな耳が見えた。

まだまだ妖の知識が浅い私に、「鉄鼠は妖狐や犬神と同じくらい鼻がいいんだよ!」と自慢げに自分たちの一族のことを教えてくれた、男の子のことを思い出した。


鬼市くんと共に広間から離れていった男の子。一瞬見えた横顔は涙で濡れていた。

二人並んで寮の廊下を駆け抜けていく姿を何度か見たことがある。二人はきっと友達同士だったんだろう。

仲のいい友達、けれど戦が始まって里ではお互いの家族がお互いの家族を傷つけ合っている。


その事実はあまりにも苦しくて、言葉が出てこなかった。