慶賀くんは「助けてくれ」と言ったきり何も話さなくなった。ただ私の手を引いて大股で鬼脈を進んでいく。

見慣れない道を進んでいるので、神修や一度訪ねたことのあるお社へ行くつもりではないのだけは分かった。

どこに向かっているの?と尋ねてみたけれど、慶賀くんは答えない。答えないというか、私の声は耳に届いていないようだった。


やがてひとつの鬼門の前にたどり着いた。古いけれど手入れがされた立派な朱色の鳥居だ。

慶賀くんは迎門の面を深く被り直すと、やっと「抜けるぞ」とだけ口を開く。戸惑い気味に頷いて私も面をきゅっと下げた。

足を踏み入れた瞬間目の前が真っ暗になって天地も前後も逆さまになる感覚を覚え、すぐさま視界が開けた。

秋の早朝の少し張りつめた澄んだ空気がひゅうと頬を撫でて、辺り一面に広がる赤く染った木々の木の葉を揺らして通り過ぎた。

目の前には白壁に朱色の柱が映えた建物が厳かに立っている。

おそらくこれは本殿だ。鬼門を通ってきたから、どこかの社の本殿裏に出てきたんだろう。


「慶賀くん、ここって……」


どこ?と聞くよりも先に慶賀くんがまた大股で歩き出した。

待って待ってとその背中を追いかける。本殿の壁沿いに歩いて参道に出た。追いかけながら拝殿を見上げる。大きくはないけれど非常に立派な造りをしている。

慶賀くんは拝殿で手を合わせることもなく賛同を横切って、そのままずんずんと社務所に向かって歩いていく。

また後で挨拶します、と御祭神さまへ心の中で手を合わせてその背中に続いた。