神事のほとんどが舞に関連するもので、お母さんが巫女舞が上手なのも納得がいく。
何よりうずめの社の神職が舞う倭舞はほかとは比べ物にならないと聞く。和来おじさんも倭舞を奉納するんだろうか。
そり橋を渡っていると、唐突に足を止めた鬼市くん。不思議そうに手すりを数度撫でたあと、身を乗り出した。
「き、鬼市くん!? 危ないよ……!」
「巫寿、これ見て」
私の制止をスルーした鬼市くんは小さく手招きして私を手すりの傍に呼んだ。首をひねりながらも傍によると、手すりの反対側を見るように促される。
言われた通り少し身を乗り出して手すりの外側を確認し「あっ」と声を漏らした。
三角のてっぺんにハートが乗って、その真ん中を一本の線がで貫くマークが橋の手すりに刻まれていた。
「これ、相合傘?」
「みたいだな」
「誰がこんな所に────」
書いたんだろう、と言い切るよりも先に薄くなっている文字の形が何となく読めた。
"せんじゅ、いっこう"
削られた幼い文字に「あ」と声を漏らした。
そこには確かにこの場所でお母さんが過ごしていた時間があり、両親が思いあっていた証があった。
嬉しいような複雑なような。
中学生の頃、クラスメイトから両親がキスしている所に遭遇して気まずかったという話を聞いたけれど、つまりこういう気持ちなのだろうか。



