春麗らか桜舞い散る頃。
「すみません! このみつ豆とお汁粉と練り切りを全種ください! あと練り切り全種お土産用にください! お抹茶濃いめで」
「俺は汁粉と抹茶で」
陽射しはご機嫌だった。
従軍して給金というものを貰い、ちょっとした小金持ちである。そもそも入軍したのも給金を貰って自分で使ってみたかったからだ
手にした給金で、まず親孝行を試みた。何が欲しいのか調べていると察知した両家の親は「陽射の好きな物を買いなさい」と言ってくる。次に篠ノ雨伯爵家に生活費を入れようとしたら断固として断られた。
貯まった基本給金と手当で計二百五十円。そうやって使ったらいいのか謎だ。
そこで婚約者に贈り物でもどうかと思った。休みの日に百貨店に買い物に行きたいと伝えると、剣冴は喜んで支度をしてくれる。
しかし陽射も馬鹿ではない。あれは自分の金で陽射に何でも買い与えてやろうという顔――!
「旦那様、本日は財布をお持ちにならないようお願い申し上げます」
陽射しは給金を貰う時に幾らか小銭にばらしてもらっていた。小銭と百貨店で即金で使うための一円札いくらか用意した巾着を手に持つ。
意気込みを見た剣冴が財布を置いたのを見届け、一先ず英気を養うため甘味処に寄った次第である。
この甘味処では加賀と京都で修行した職人が菓子を作っており、評判も上々の店であった。陽射は母と何度か来たことがある。剣冴は物慣れない様子だ。
「専ら酒派なので慣れないですね、此処」
確かに六尺を超える巨躯には店は狭そうに見える。
「甘味とは偉大です。求めるもの全てに門戸を開きます。此処の餡はさっぱりとしていながら濃厚。香りよく幾らでも食べられますよ!」
「それでみつ豆とお汁粉と練り切り五種ですか」
「練り切りは月替わりなので毎月来るのがお勧めです」
何やら剣冴が引いている。一緒に暮らしていて割合大食であることは判っているはずなのだが。
「あ、お土産はお義父様とお義母様にですよ」
「安心しました」
そんなことを言っていると注文の品が届いた。
本当は一品に一つ抹茶が付くのだが冷めるから言ってくれれば持ってくる、と店員は言い添えて抹茶二杯と菓子が並べられる。
「うわぁ! やってみたかったんです、こういうの」
広げられた甘味に剣冴が引いている気配がするのだが、見ない。普通練り切り一個に抹茶一杯付くので抹茶は全部で七杯だということも、言わない。
「いただきます!」
手を合わせお汁粉から取りかかる。此処のお汁粉は漉し餡なのがいい。
ぱくぱく、とお汁粉を平らげると抹茶を頂きお替わりを注文する。
みつ豆も比較的じっくり味わいながら飲み干す。お替わりの抹茶も飲み干す。
残り五杯の抹茶は一気に頼んだ。
「陽射さんは、もしかして普段の当家の食事に不満があったりしますか?」
「不満ですか? 成人男性と同じだけ食べていると思っていますが。それって贅沢なことですよ」
本当はもっと肉が食べられると嬉しいとは思うが、本当にただの贅沢なので黙っておく。肉だって淑女の一・五人前は出ていると思われた。
しかし思いは伝わってしまったようだ。
「実は、豚肉と白菜の葉を千枚の葉状に重ねた鍋があるようでして。鍋の食べ納めに明日にでも如何でしょうか」
鍋が好きであると想定される篠ノ雨家で色々な鍋を食べたが初耳だ。肉と白菜だけというのがまたいい。
「はい! 是非!」
我ながらいい笑顔だったと思う。
気分がいいので練り切りを真っ二つにして食べ抹茶で流し込むことを繰り返していると、やはり剣冴が引いている気配がした。
お土産を包んでもらい、陽射はこっそり保冷の鬼術を使う。これで帰るまで傷まないはずだ。
「生活に根ざした術も使えるのですね」
感心した様子の剣冴に苦笑する。
「従軍するまで、あんなに物を燃やしたことないですよ」
従軍して大凡三ヶ月。
一人前と認められ、陽射は出動する度に燃やして燃やして燃やした。あまりのやりように鬼の頭領からお褒めの言葉を頂いたくらいである。
そうやって話していると、目的の百貨店に着いた。
特に目当ての品があった訳ではないのだが、店先に飾られた襟締を見てこれだ! と思う。
紺の生地に縞模様が斜めに入り、銀糸で小さく傘が刺繍されていた。剣冴の洋装に襟締を当ててみるとよく似合う。
「雨を思わせる襟締ですね」
剣冴に思っていたことを言い当てられた。
「在り来たりでしょうか?」
「いいえ、とても素敵です」
よし、これにしよう。
店員を呼ぶと現金で支払いたいことを伝える。掛けにすると篠ノ雨家や深田家で勝手に支払われそうと思ったからだ。
勘定台に連れて行かれ会計をした。陽射の巾着を一瞬見ていたから、金を落とすと思われたのか手を擦り揉みして他に用件はないか訊ねられる。
剣冴への贈り物が買えただけで満足だったのでほとほと困っていると、彼がふいっと離れ一つのりぼんと櫛を持ってきた。友禅に組み紐が複雑に編まれた逸品だ。
「これを篠ノ雨伯爵家に付けておいてくれ。陽射さん、こちらへ」
言われ近寄ると、陽射の髪紐を解きりぼんと櫛で結い直してくれる。
持ち歩いている手鏡で見てみるととても可愛らしく写っていた。
「仕事の時にでも付けてください」
「え、でも」
華やか過ぎでは、と喉元まで出かかって剣冴に止められる。
「陽射の上官は俺だ。文句は言わせん。俺のものだって見せびらかしておけ」
急に篠ノ雨隊長が出てきてびっくりした。
ついでに独占欲を伺わせる言葉に頬が赤くなる。
「解ったな」
「ひ、ひゃい」
軍でよく見る顔で不敵に微笑まれ、隊長と剣冴様の良いところ取りだ! と若干腰が砕けた。
「おっと、大丈夫か?」
「それ、反則ですよ剣冴様」
結局足元が覚束無くなった陽射のために馬車が呼ばれ、篠ノ雨邸へ帰邸することとなる。
こんなに心臓の保たない思いをこれからずっとするのか、と馬車の中で真剣に悩む陽射だった。
「すみません! このみつ豆とお汁粉と練り切りを全種ください! あと練り切り全種お土産用にください! お抹茶濃いめで」
「俺は汁粉と抹茶で」
陽射しはご機嫌だった。
従軍して給金というものを貰い、ちょっとした小金持ちである。そもそも入軍したのも給金を貰って自分で使ってみたかったからだ
手にした給金で、まず親孝行を試みた。何が欲しいのか調べていると察知した両家の親は「陽射の好きな物を買いなさい」と言ってくる。次に篠ノ雨伯爵家に生活費を入れようとしたら断固として断られた。
貯まった基本給金と手当で計二百五十円。そうやって使ったらいいのか謎だ。
そこで婚約者に贈り物でもどうかと思った。休みの日に百貨店に買い物に行きたいと伝えると、剣冴は喜んで支度をしてくれる。
しかし陽射も馬鹿ではない。あれは自分の金で陽射に何でも買い与えてやろうという顔――!
「旦那様、本日は財布をお持ちにならないようお願い申し上げます」
陽射しは給金を貰う時に幾らか小銭にばらしてもらっていた。小銭と百貨店で即金で使うための一円札いくらか用意した巾着を手に持つ。
意気込みを見た剣冴が財布を置いたのを見届け、一先ず英気を養うため甘味処に寄った次第である。
この甘味処では加賀と京都で修行した職人が菓子を作っており、評判も上々の店であった。陽射は母と何度か来たことがある。剣冴は物慣れない様子だ。
「専ら酒派なので慣れないですね、此処」
確かに六尺を超える巨躯には店は狭そうに見える。
「甘味とは偉大です。求めるもの全てに門戸を開きます。此処の餡はさっぱりとしていながら濃厚。香りよく幾らでも食べられますよ!」
「それでみつ豆とお汁粉と練り切り五種ですか」
「練り切りは月替わりなので毎月来るのがお勧めです」
何やら剣冴が引いている。一緒に暮らしていて割合大食であることは判っているはずなのだが。
「あ、お土産はお義父様とお義母様にですよ」
「安心しました」
そんなことを言っていると注文の品が届いた。
本当は一品に一つ抹茶が付くのだが冷めるから言ってくれれば持ってくる、と店員は言い添えて抹茶二杯と菓子が並べられる。
「うわぁ! やってみたかったんです、こういうの」
広げられた甘味に剣冴が引いている気配がするのだが、見ない。普通練り切り一個に抹茶一杯付くので抹茶は全部で七杯だということも、言わない。
「いただきます!」
手を合わせお汁粉から取りかかる。此処のお汁粉は漉し餡なのがいい。
ぱくぱく、とお汁粉を平らげると抹茶を頂きお替わりを注文する。
みつ豆も比較的じっくり味わいながら飲み干す。お替わりの抹茶も飲み干す。
残り五杯の抹茶は一気に頼んだ。
「陽射さんは、もしかして普段の当家の食事に不満があったりしますか?」
「不満ですか? 成人男性と同じだけ食べていると思っていますが。それって贅沢なことですよ」
本当はもっと肉が食べられると嬉しいとは思うが、本当にただの贅沢なので黙っておく。肉だって淑女の一・五人前は出ていると思われた。
しかし思いは伝わってしまったようだ。
「実は、豚肉と白菜の葉を千枚の葉状に重ねた鍋があるようでして。鍋の食べ納めに明日にでも如何でしょうか」
鍋が好きであると想定される篠ノ雨家で色々な鍋を食べたが初耳だ。肉と白菜だけというのがまたいい。
「はい! 是非!」
我ながらいい笑顔だったと思う。
気分がいいので練り切りを真っ二つにして食べ抹茶で流し込むことを繰り返していると、やはり剣冴が引いている気配がした。
お土産を包んでもらい、陽射はこっそり保冷の鬼術を使う。これで帰るまで傷まないはずだ。
「生活に根ざした術も使えるのですね」
感心した様子の剣冴に苦笑する。
「従軍するまで、あんなに物を燃やしたことないですよ」
従軍して大凡三ヶ月。
一人前と認められ、陽射は出動する度に燃やして燃やして燃やした。あまりのやりように鬼の頭領からお褒めの言葉を頂いたくらいである。
そうやって話していると、目的の百貨店に着いた。
特に目当ての品があった訳ではないのだが、店先に飾られた襟締を見てこれだ! と思う。
紺の生地に縞模様が斜めに入り、銀糸で小さく傘が刺繍されていた。剣冴の洋装に襟締を当ててみるとよく似合う。
「雨を思わせる襟締ですね」
剣冴に思っていたことを言い当てられた。
「在り来たりでしょうか?」
「いいえ、とても素敵です」
よし、これにしよう。
店員を呼ぶと現金で支払いたいことを伝える。掛けにすると篠ノ雨家や深田家で勝手に支払われそうと思ったからだ。
勘定台に連れて行かれ会計をした。陽射の巾着を一瞬見ていたから、金を落とすと思われたのか手を擦り揉みして他に用件はないか訊ねられる。
剣冴への贈り物が買えただけで満足だったのでほとほと困っていると、彼がふいっと離れ一つのりぼんと櫛を持ってきた。友禅に組み紐が複雑に編まれた逸品だ。
「これを篠ノ雨伯爵家に付けておいてくれ。陽射さん、こちらへ」
言われ近寄ると、陽射の髪紐を解きりぼんと櫛で結い直してくれる。
持ち歩いている手鏡で見てみるととても可愛らしく写っていた。
「仕事の時にでも付けてください」
「え、でも」
華やか過ぎでは、と喉元まで出かかって剣冴に止められる。
「陽射の上官は俺だ。文句は言わせん。俺のものだって見せびらかしておけ」
急に篠ノ雨隊長が出てきてびっくりした。
ついでに独占欲を伺わせる言葉に頬が赤くなる。
「解ったな」
「ひ、ひゃい」
軍でよく見る顔で不敵に微笑まれ、隊長と剣冴様の良いところ取りだ! と若干腰が砕けた。
「おっと、大丈夫か?」
「それ、反則ですよ剣冴様」
結局足元が覚束無くなった陽射のために馬車が呼ばれ、篠ノ雨邸へ帰邸することとなる。
こんなに心臓の保たない思いをこれからずっとするのか、と馬車の中で真剣に悩む陽射だった。