まだ寒さが厳しい、梅の花がほころび始めた頃。青白い肌に紅をさして、茶色に染められた髪は結いあげ綿帽子で隠して。痩せて細身の体は白無垢に包まれることで誤魔化されて、私は暁烏に嫁ぐ。その日私は初めて鷹宮の屋敷から外に出た。
(それにしても、暁烏のお屋敷も凄く立派ね……鷹宮より広いのではないかしら)
暁烏の屋敷に圧倒される私を笑顔で迎え入れてくれるのは、闇を司る暁烏らしい、黒の色彩を纏う人たち。烏というだけあって噂通り狡猾で冷たい人達なのかと思いきや、皆積極的に私に話しかけてきてくれる。無理をすればすぐに声すら出なくなってしまう私は、返事を返すことも出来ずに視線を下げた。
「まぁ小柄で可愛らしい人。緊張しているのかしら」
「志成様が自ら望んだのだとか。あの仕事一辺倒な志成様が惚れるなんて、よほどの美人か気立の良いお嬢さんなのだろうね」
(あぁ……この人たちは、私が『茜』だと思って、これほど笑顔で迎えてくれているのね。茜は鳶色の髪が自慢の美人だし、志成様が一目惚れしてもおかしくないわ)
騙してしまっているのが申し訳なくて、心臓がキュッと締め付けられるような心地だった。しかし祝言が終わるまで正体がバレてはならない。私は俯いたまま当主である志成様の元へと案内された。
志成様は、移り白の梅の元で私を待ってくれていた。私は、恐怖と緊張と疲労で俯いて……そんな美しい梅も彼の顔も見られない。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
若干過呼吸になり始めた私に掛けられた言葉は、冷酷という噂とは真逆の優しい響きだった。思わず顔を上げれば、黒の瞳と視線が交わる。
全くの初対面の人に嫁いだはずなのに……私は、この人を知っている。目をまん丸にして、ゆっくりと大きく瞬きをする私を見た彼は、フッと表情を緩めて笑った。
「俺の金糸雀は物静かだな。またあの歌声を聞かせてはもらえないか」
伸ばした黒髪を一つに纏めた、精悍な顔の男性。キリッと整った顔の作りはむしろ恐ろしささえ感じるが、口調には親しみが込められている。
そして間違いなくこの男性は──あの夜出会った黒い鳥の彼。暁烏の紋の入った紋付き羽織袴は、間違いなく彼が婿であり、志成様であることを示している。
「志成、様……」
「何だ? ……あぁ、寒いのか。まだ真冬の寒さだからな。体が弱いのは知っているが、どうにか祝言の間は頑張ってくれ。ほら、手を握って温めてやるから」
志成様はそう言うと私の両手を包み込むように握って、ハァっと息を吹き入れるようにして温めてくれる。
茜は体が弱くない。志成様の言動は明らかに私が「和音」であると理解していた。
「これで少しはマシになったか?」
私はこくりと頷く。
……その温かい吐息が、私の冷え切っていた心まで温めてくれたような気がした。
(それにしても、暁烏のお屋敷も凄く立派ね……鷹宮より広いのではないかしら)
暁烏の屋敷に圧倒される私を笑顔で迎え入れてくれるのは、闇を司る暁烏らしい、黒の色彩を纏う人たち。烏というだけあって噂通り狡猾で冷たい人達なのかと思いきや、皆積極的に私に話しかけてきてくれる。無理をすればすぐに声すら出なくなってしまう私は、返事を返すことも出来ずに視線を下げた。
「まぁ小柄で可愛らしい人。緊張しているのかしら」
「志成様が自ら望んだのだとか。あの仕事一辺倒な志成様が惚れるなんて、よほどの美人か気立の良いお嬢さんなのだろうね」
(あぁ……この人たちは、私が『茜』だと思って、これほど笑顔で迎えてくれているのね。茜は鳶色の髪が自慢の美人だし、志成様が一目惚れしてもおかしくないわ)
騙してしまっているのが申し訳なくて、心臓がキュッと締め付けられるような心地だった。しかし祝言が終わるまで正体がバレてはならない。私は俯いたまま当主である志成様の元へと案内された。
志成様は、移り白の梅の元で私を待ってくれていた。私は、恐怖と緊張と疲労で俯いて……そんな美しい梅も彼の顔も見られない。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
若干過呼吸になり始めた私に掛けられた言葉は、冷酷という噂とは真逆の優しい響きだった。思わず顔を上げれば、黒の瞳と視線が交わる。
全くの初対面の人に嫁いだはずなのに……私は、この人を知っている。目をまん丸にして、ゆっくりと大きく瞬きをする私を見た彼は、フッと表情を緩めて笑った。
「俺の金糸雀は物静かだな。またあの歌声を聞かせてはもらえないか」
伸ばした黒髪を一つに纏めた、精悍な顔の男性。キリッと整った顔の作りはむしろ恐ろしささえ感じるが、口調には親しみが込められている。
そして間違いなくこの男性は──あの夜出会った黒い鳥の彼。暁烏の紋の入った紋付き羽織袴は、間違いなく彼が婿であり、志成様であることを示している。
「志成、様……」
「何だ? ……あぁ、寒いのか。まだ真冬の寒さだからな。体が弱いのは知っているが、どうにか祝言の間は頑張ってくれ。ほら、手を握って温めてやるから」
志成様はそう言うと私の両手を包み込むように握って、ハァっと息を吹き入れるようにして温めてくれる。
茜は体が弱くない。志成様の言動は明らかに私が「和音」であると理解していた。
「これで少しはマシになったか?」
私はこくりと頷く。
……その温かい吐息が、私の冷え切っていた心まで温めてくれたような気がした。