秋の長夜に相応しい中秋の名月。月を眺めるという名目の宴の主催者は帝。どうやら今晩の志成様の仕事は、宴での帝の警護だったらしい。
 上座に座る帝は、金の髪が美しく、とても四十手前には見えない。そんな帝の側には、これまた美しく整った顔の軍服姿の志成様が控えている。秋らしい様相に飾り付けられた室内の趣よりも、上座から感じる顔面破壊力の方が強い。周囲の全女性の視線を掻っ攫っているのではないだろうか。

 急遽宴に参加することになった私だが、志成様のコネなのか、暁烏という家柄のお陰か、すんなりと席が用意されたらしい。紅梅色の訪問着を着た私は大人しく宴に参加していた。

「見慣れない顔ですね。どちらの家のお嬢……いえ、奥様でしょうか?」

 どうやら沢山の貴族が参加する宴だったようで、近い席の者同士で歓談を楽しんでいる。しかし今まで鷹宮の屋敷に引きこもってきた私の顔など、知っている者の方が少ない。ただ四大名家の一つなだけあって、暁烏の名を出すと皆丁寧に接してくれた。

「あぁ、噂の……宴に出られるほど体調が良くなられたのですか?」
「志成様が、合う薬を見つけてくださったので。ご心配ありがとうございます」
「暁烏は身内以外には非常に冷酷だと聞く。特に当主様は顕著らしいが」
「志成様は、とても優しい人ですよ。それこそ私には勿体無いくらいの」

 私の噂だけは知っているという人は多いので、ひとまず志成様のおかげで元気になったのだと広めておく。私には政の話は難しいので、地道に志成様や暁烏の好感度上げに徹することにした。

 そうやって初対面の人達と話しつつ、目の前に置かれていた月を模した和菓子に手を伸ばした瞬間だった。後ろからヌッと手が出てきて、私の手の甲を掴む。同時に反対側の肩も掴まれて、驚いた私はビクッと体を跳ねさせた。ふわりと深みある甘さが香る。

「ごめんね。驚かすつもりじゃなかったんだよ」

 私の耳元で響く声は、志成様ではない。恐る恐る首を捻って後方を確認すると……そこにいたのは、帝だった。
 驚きすぎた私は、挨拶するのも頭を下げるのも忘れて固まってしまう。

「私のせいで志成と喧嘩したんだって? ほら……こうやって体を寄せると香りが分かるかな。羽織に付いていた香りと同じだろう」
「は……はい」
「疑いは晴れた? 羽織を裁ち鋏で切り刻んだって聞いたよ。流石鷹宮で育っただけあって怒ると強烈。血筋より育ちだね」
「私は生まれも育ちも鷹宮なのですが……」

 帝の発言の意味が分からない。困惑する私の耳元で帝は「そう思っているのは君だけだよ」と囁く。先程まで話をしていた隣の人に視線を向ければ、サッと目を逸らされてしまった。

 (帝の悲恋に、亡くなった想い人。鷹宮らしくない容姿の私は、不貞の子と言われ続けた。お父様に呪詛をかけられて、贄として育てられたのは……もしかして?)

 私の疑念は徐々に確信に変わる。ゆっくりと大きく瞬きする私を見た帝は、私とは反対にその目を細めた。