志成様は宣言通り帰宅時間が遅くなり、いつしか戻らぬ日の方が多くなった。
それでも私は不安に思うことはない。誕生日の贈り物として縫ってあげた羽織も喜んで受け取ってくれたし、仕事なのだから仕方がない。私はただ彼を信じて、待ち続けた。
志成様が忙しくなり始めて四ヶ月が経った頃。庭で落葉の掃除を手伝っていた私は、ふと使用人達の噂話を耳にした。
……正行が一ヶ月ほど前から行方不明で、そのせいでただでさえ忙しい志成様に皺寄せが来ているらしい。
(正行が、行方不明? しかも職務中の失踪とか……何があったの?)
正行は私が絡むと面倒くさい性格だが、仕事に対する態度は極めて真面目。軍での上司にあたるはずの志成様も仕事熱心だが、逢引きを理由に休んだりするので、そこを考慮すれば正行の方が硬い。
(志成様、同じ近衛府に勤めているのに、正行の事は教えてくれなかったわ。何か事件でもあったのかしら)
次に志成様が帰ってきたら聞いてみようと考えていれば、意外と早く顔を合わす機会は訪れた。
夜も更け、私が約束通り歌を歌っていると、突然寝室と縁側を仕切る障子が勢い良く開いた。
「志成様!?」
「……疲れた」
志成様はそう呟くと、羽織も脱がずに私の布団に倒れ込んだ。まさか戻ってくるとは思っておらず志成様の布団を敷いていなかった私は、慌てて押し入れから布団を出して敷く。
「志成様、大丈夫ですか? お布団敷きましたよ。私の布団で寝ても良いですけど、せめて羽織は脱ぎましょう?」
仕事だったというのに、その姿はいつもの軍服では無い。普段着の着物に、私があげた羽織だ。
疑問に思いながらも倒れ込んだ彼から羽織を剥ぐようにして脱がしていると……ふわりと、嗅ぎ慣れない香が私の鼻腔をくすぐった。
「──え」
……悪い予感がする。心臓がドクリと大きな音を鳴らして、不安な気持ちで志成様の肩を揺すった。
「志成様。志成様!」
「……何?」
眠気のせいか眉間に皺が寄り、機嫌が悪そうだ。そんな状況で香について聞く勇気が無くて……私はつい別事を口にした。
「えっと、その……正行は、元気にしてますか?」
「わざわざ起こして正行の話……明日にしてくれ」
随分お疲れなのか、志成様はそのまま寝入ってしまった。恐々と羽織を顔に近づけてみれば、深みある甘さを漂わせる香の存在を感じる。
(仕事って言ったのに……女の人と会っていたの?)
知らない香が染み付いた、私が縫った羽織。手の中に残ったそれが気持ち悪くて……気がついた時には、手に裁ち鋏を握っていた。
それでも私は不安に思うことはない。誕生日の贈り物として縫ってあげた羽織も喜んで受け取ってくれたし、仕事なのだから仕方がない。私はただ彼を信じて、待ち続けた。
志成様が忙しくなり始めて四ヶ月が経った頃。庭で落葉の掃除を手伝っていた私は、ふと使用人達の噂話を耳にした。
……正行が一ヶ月ほど前から行方不明で、そのせいでただでさえ忙しい志成様に皺寄せが来ているらしい。
(正行が、行方不明? しかも職務中の失踪とか……何があったの?)
正行は私が絡むと面倒くさい性格だが、仕事に対する態度は極めて真面目。軍での上司にあたるはずの志成様も仕事熱心だが、逢引きを理由に休んだりするので、そこを考慮すれば正行の方が硬い。
(志成様、同じ近衛府に勤めているのに、正行の事は教えてくれなかったわ。何か事件でもあったのかしら)
次に志成様が帰ってきたら聞いてみようと考えていれば、意外と早く顔を合わす機会は訪れた。
夜も更け、私が約束通り歌を歌っていると、突然寝室と縁側を仕切る障子が勢い良く開いた。
「志成様!?」
「……疲れた」
志成様はそう呟くと、羽織も脱がずに私の布団に倒れ込んだ。まさか戻ってくるとは思っておらず志成様の布団を敷いていなかった私は、慌てて押し入れから布団を出して敷く。
「志成様、大丈夫ですか? お布団敷きましたよ。私の布団で寝ても良いですけど、せめて羽織は脱ぎましょう?」
仕事だったというのに、その姿はいつもの軍服では無い。普段着の着物に、私があげた羽織だ。
疑問に思いながらも倒れ込んだ彼から羽織を剥ぐようにして脱がしていると……ふわりと、嗅ぎ慣れない香が私の鼻腔をくすぐった。
「──え」
……悪い予感がする。心臓がドクリと大きな音を鳴らして、不安な気持ちで志成様の肩を揺すった。
「志成様。志成様!」
「……何?」
眠気のせいか眉間に皺が寄り、機嫌が悪そうだ。そんな状況で香について聞く勇気が無くて……私はつい別事を口にした。
「えっと、その……正行は、元気にしてますか?」
「わざわざ起こして正行の話……明日にしてくれ」
随分お疲れなのか、志成様はそのまま寝入ってしまった。恐々と羽織を顔に近づけてみれば、深みある甘さを漂わせる香の存在を感じる。
(仕事って言ったのに……女の人と会っていたの?)
知らない香が染み付いた、私が縫った羽織。手の中に残ったそれが気持ち悪くて……気がついた時には、手に裁ち鋏を握っていた。