陽葉(ひよ)の育ったのは、海に面した一見何の変哲もない小さな村だ。

 人々は漁と農耕で生計をたてており、穏やかで平和な生活を送っている。ただし、海が暴れださなければ――。

 村を囲む海は、元来あまり穏やかではない。

 年に何度かやってくる嵐で、高波が起こり海は荒れる。

 村は千年以上も前から暴れる海の脅威に晒されてきたらしい。

 古くからの言い伝えによると、嵐を引き起こして海を荒らしているのが、村を見張るように海に浮かぶ龍神島(りゅうじんとう)で暮らす五頭龍(ごとうりゅう)

 ひとつの身体に首が五つ。異形の姿のこの龍は悪神で、太古の昔から人を攫ったり、天気を荒らしたりと村に様々な災いをもたらしたという。

 あるとき、村にひとりの乙女が現れた。彼女は天界から遣わされた者で、五頭龍の悪事を止めるため、ただひとり龍神島に向った。

 美しい乙女に心を奪われた五頭龍は、彼女が花嫁になることを条件に、海を荒らさないと約束する。それ以来、海の村は平和になった――、のだが。

 言い伝えはそこで「めでたし、めでたし」とは終わらない。

 何百年の時が過ぎ、乙女の命が尽きたとき、愛する人を失った悲しみで自棄になった五頭龍はふたたび海を荒らし始めた。

 暴れる五頭龍の心を鎮めるため、いつの頃からか海の村から花嫁を送ることとなった。

 龍神島に花嫁を送るのは十年に一度。海が凪ぐ新月の夜。

 玉響(たまゆら)神社に仕える大巫女のもとにお告げがくると、村の少女のひとりの左手首に花嫁の証となる天女花(てんにょばな)の痣が出る。

 花嫁に選ばれるのは、十六歳〜十八歳になるまでの少女。

 玉響神社には『天女の(さと)』と呼ばれる孤児が集まる家があり、これまでの花嫁はなぜか必ずそこで育った者が選ばれている。