弥栄(いやさか)~!」

宴の席が設けられた。広い宴会場に長机が並べられ、上座には天慶と雲居が並ぶ。機嫌よくお猪口を掲げた雲居は相変わらず険しい顔をした天慶に楽し気に絡んでいた。

なんで私まで。

その末席に用意された席で身を小さくして座る誉は、上座で陽気に手を叩く雲居へ怨みの籠った視線を送る。

明らかに私は場違いだ。こんなことなら黎栄さんについていって地下牢に籠った方がよかった。

目の前にあるご馳走にも手を付ける気になれない。小さくため息を零して黎栄さんを探す。戻りますと伝えたいのに、さっきから何処にも姿が見当たらない。

「ねぇねぇ、あなた新入り?」

何度目かの深いため息を吐いたところで、向かいに座っていた同い年くらいの少女がそう声をかけてきた。白い着物に朱色の袴を身に付け、長い黒髪を低い位置で縛った少女。ニッと歯を見せて笑う笑い方が眩しい。

「その洋装かわいいね。どこで買ったの? あ、私天佳(てんか)っていうの。最近入った巫女助勤! よろしくね」
「あ……誉です」
「誉ね、よろしく! 年も近そうだし呼び捨てでいいよ。160歳くらい?」

思わずゴホッとむせてしまった。

「ひゃ…160!? キンさんギンさんもびっくりだよ!」
「誰それ? あ、もしかして同年代と会ったの初めて? 相模坊は他の妖一族に比べて子供が多いから、結構同い年多いよ~」

福の言葉に首を捻る。

「その相模坊って何?」
「誉って天狗一族じゃなかったの? 相模坊は天慶さまが率いる天狗の妖一族だよ。ほら、天慶さまの隣にいらっしゃるのが雲居さま。雲居さまも天狗の伯耆坊一族のご当主。ふたりは幼馴染でご学友だから、年に一度はこうしてお互いの社を訪問して交流してるの」

つまりこの無邪気に笑う親切な天佳も妖で、それも天狗ということ…?

思わず天佳を凝視する。外見は自分と何ら変わりない。


「なになに、宮司の話?」「私も混ぜて」「私も最近入った巫女助勤なの」

天佳と同い年くらいの少女たちがわらわらと集まってくる。
その一人が全員に向かって小さく手招きした。皆がすすすと四つん這いで集まったのを確認すると、口元に手をあてて「あの話聞いた?」と耳打ちする。あの話?と誉が聞き返せば、よくぞ聞き返してくれましたとばかりに目を輝かせた。

「500年に一度、全ての天狗一族を束ねる大天狗(だいてんぐ)ってお役職が天狗一族の宮司から選ばれるんだけど、来年が丁度交代の時期なの。それで、次はほぼ天慶さまで決まりなんだって」

相変わらず不機嫌そうな顔で雲居と話す天慶を見た。つまり天慶は県知事候補といったところだろうか。

「次の大天狗の話になった時に、天慶さまと同じくらい支持されてたのが雲居さまらしいの」

雲居さんなら納得かも。ちょっと無茶苦茶な部分もあるけど面倒見がいいし優しい。

「本巫女のお姉さん達曰く、雲居さまはかなり大天狗のお役職に選ばれる事を望んでいたみたい。だからもしかしたら今回の訪問で、天慶さまと何か揉め事が起きるんじゃないかって」
「だから黎栄さまは宴の席にいらっしゃらないの?」
「そうそう。裏から天慶さまをお守りしているからなのよ、きっと」

ちょっと怖くない?と同意を求めてきた女子たちに「そうだね」と気の抜けた返事で返す。天慶の肩に腕を回す雲居。天慶の口元がわずかに緩んでいる。切れ長の目がわずかに細められて幾分か表情が柔らかい。

自分は身体さえ取り戻せば家に帰れる。天慶から「50年の禁固刑」だと脅されたけれど、雲居曰く「誉の場合は侵入者じゃなくて神隠しだからすぐに返してもらえる」とのこと。すぐにここを離れる私にとっては関係のないはなしではあるのだけれど、なぜか胸に引っかかる。

「でもさでもさ、因縁のライバルってちょっと萌えない? 同期の巫女助勤とどっちが攻めかはなしてるんだけどさ~。あ、これ美味しい。誉も飲みなよ!」

「ああうん」と半分無意識に差し出されたコップを受け取り一息に煽った。