「────重ッ……もー、お母さん福神漬けだけって言ったじゃん」

おつかいを終えた帰り道、肩に食い込む膨らんだエコバッグに文句を言いながらとぼとぼと家をめざして歩く。

夕日は近所の裏山に沈もうとしている。通りかかった公園からは子供たちが楽しそうに笑う声が聞こえてきて、どこかの家から肉じゃがの匂いがふわりと香った。誉が通っていた中学校の制服を着た中学生の男の子と女の子が楽しげに肩を並べて、先を歩いている。しばらくして二人は少し恥ずかしそうに頬を赤らめると手を繋いだ。

泣きたくなる。こっちは生まれてから17年間、彼氏とは無縁の人生なのに。どうやったら彼氏ができるのか教えて欲しいくらいだ。いい感じの雰囲気になる人はいるのに、あともう一歩という所で「ごめん、やっぱりなんか違うんだよね」と去っていかれる。今日のデートもそうだった。ああ思い出しただけで涙が出そう。というところで首を振る。
考えちゃ駄目だ、例えこれが通算30敗目だとしても何だ。いつか私にも素敵な王子様が現れる。黒髪長髪で和服の似合う王子様が。って、なんで王子様なのに黒髪長髪の和服なんだか。

昔から自分の求める王子様像が世間一般とは少しずれていた。幼少期は誰しもが通る某ズニープリンセスの王子様には目もくれず、時代劇の殿や若を見てキャッキャと騒いでいたらしい。

何はともあれ王子様が、と気を取り直したところで突然背後から「ねぇ」と声をかけられた。あまりにも至近距離から聞こえて、思わず弾けるように振り返る。六歳くらいの少女だった。おかっぱ頭で目が細く顔色が悪い。少女は間違いなく自分を見上げている。

「び、びっくりした。どうしたの? 私に用? お母さんは?」

少女はじっと誉を見上げる。その視線に何故か妙な居心地の悪さを覚えた。

「助けて。お母さんがケガして困ってるの」
「へ?」
「助けて。お母さんがケガして困ってるの」

感情の読み取れない無機質な声が同じ言葉を繰り返す。少女は近所の裏山を指さした。裏山と少女を見比べる。

「えっと……裏山にお母さんがいるの?」
「助けて。お母さんがケガして困ってるの」
「お父さんとか、知ってる大人の人は近くにいる?」

少女は押し黙った。俯く少女に「どうしよう」と眉を下げる。間違いなく自分だけではろくな助けにならないだろうし、誰か大人を呼んできて頼った方がいい。何せあの裏山だ。小さい頃から「夕方以降は立ち入るな」と口酸っぱく言い聞かせられてきた。

「助けて。お母さんがケガして困ってるの。助けて。お母さんがケガして困ってるの」

考える誉の思考を遮るように少女が繰り返した。額を押えて天を仰ぐ。

「わ、分かった分かった! 行くから案内し……て?」

目の前にいたはずの少女がいない。目を瞬かせて慌ててぐるりと見渡せば、少女はもう既に数メートル先で立ち止まっていた。少女の影が長く伸びてゆらゆらと揺れている。なんだか寒気がして、思わず二の腕を摩った。