眠っている間に随分と遠い場所まで攫われていたらしい。天慶たちの住む里に戻るには半日はかかるようで、途中の宿屋で一泊することになった。黎栄は雲居を連れて一足先に戻ったので、天慶と天佳の三人で宿に入った。

「私中華が食べたかたんだけど〜」

宿屋一階の定食屋で夕食を取ることになり、サバ味噌を頬張りながら天佳がそう文句を零す。

「文句があるなら食うな」
「天慶にぃの頼みで誉のこと守ってた私にそんなこと言うんだ?」

舌打ちした天慶は面倒臭そうに顔を背ける。本当に兄妹なんだなぁ、と実感しながら揚げ出し豆腐を頬張った。

「それ聞きたかったの。天佳ちゃんは天慶に言われて私のこと見ててくれたの?」
「天佳でいいよ〜。そうそう、雲居くんのこともあったから隠れて様子見張ってろって言われてね。まさか脱走するとは思ってなかったけど」
「その節はどうもすみませんでした……」

身を小さくして謝罪する。

「謝らなくていいって! 元はと言えば黎栄にぃが何一つ説明しなかったのが悪いんだから」

納豆をかき混ぜながら天慶を睨んだ天佳。

「俺はちゃんと伝えた。余計なことは考えるなって」
「はァ? それで”お前の身体はこっちでも探してる、なんとかしてやるから安心しろ”なんて全部伝わるわけないじゃん! ねぇ誉?」
「ただ脅されただけなのかと思った」
「そうだよねぇ?」

さすが妹というか、あの天慶にずけずけ物申す天佳は相当心強い。
誉と雲居が身体探しに奔走している裏で、天慶も黎栄を使って誉の身体を探してくれていたらしい。身体自体は見つかっていないものの、優秀な黎栄はちゃんと目撃証言を集めてきた。どうやら自分の身体は誰かによって盗まれたらしい。とにかく足取りを掴めただけでも大進展だ。

それにしても、と頬杖を着いて顔を背ける天慶を見た。以前雲居が天慶は面倒見がいいと言っていてその時は「まさか」と信じていなかったけれど、あながち間違っていない────のかもしれない。

「ちょっと(かわや)! デザートに宇治金時かき氷頼んどいて」
「まだ食うのかよ」
「別腹なんですぅ」

ベッと舌を出した天佳は軽い足取りで店の奥へ消えていった。
湯のみを啜った天慶。気まずい空気が流れて、誉は目を泳がせた。

「お前、これから面倒なことになるぞ」

息を吐いた天慶に目を瞬かせた。

「お前が伯耆坊の当主に攫われた件はすぐに他の妖一族に広まるはずだ」
「それの何が面倒なの?」
「お前が依代の明を持っていることも同じように広まるということだ。お前のその力は幽世ではかなり貴重なんだよ」

オクラのおかか和えをごくんと飲み込んだ誉。

「つまり私はこの世界のピーエスファイブってこと?」
「何だよそれ」
「誰もが欲しがるってこと」
「自分で言ってて恥ずかしくないのか」

喧嘩売ってんのこいつ?
誉はひくりと口角を引き攣らせた。

「まぁでもそういう事だ。お前に一目会おうと躍起になるだろうし、最悪今回みたいに攫おうとしてくる奴もいるだろうな」
「わぁ〜……嬉しくないモテ期到来」

異世界に来たかと思えば仮死状態、身体が行方不明で自分には特別な力がある。そしてその力を欲している妖から狙われる運命だなんて、まるでラノベの主人公にでもなった気分だ。

まぁ、でも────。

身を乗り出して机の上に頬杖をついた。無表情の天慶がちらりと誉をみる。目があった誉はにぃっと笑った。

「守ってくれるんでしょ?」

眉根を寄せた天慶は不機嫌そうに顔を背けると「調子に乗るな」と悪態をつく。相変わらずな態度にくふくふと笑いながら立ち上がった。

「おい、どこに行く」
「私もお手洗い」
「店から出るなよ」
「分かってまぁす」

手をひらひらさせて店の奥へ歩いていく誉の後ろ姿に、天慶は深く息を吐いた。入れ替わるように天佳が席に戻ってきた。空いた誉の席を見て「あれ?」と首を捻る。

「天慶にぃ、誉は?」
「厠。すれ違わなかったのか」
「私たった今出てきたけど誰にもすれ違ってないよ? 個室はあの一つだし……」

きた道を振り返った天佳に、天慶が目を見開いた。からんと机の上の端が転がり落ちる。走り出した天慶は勢いよく個室の扉を開く。中はガランとしていた。

「……やられた」
「ちょっと天慶にぃ!?」
「お前は里に戻って黎栄に知らせろ。またあいつが攫われた」

舌打ちした天慶は勢いよく店を飛び出した。