「誉、大丈夫?」

自分が着ていた羽織を誉の肩にかけた天佳は心配そうに顔を覗き込んだ。

「あ……うん、大丈夫。天慶が庇ってくれたから」
「ここを出たらすぐに手当してあげるからね」

ぎこちなく礼を言った誉は奥にいる天慶たちに視線を向けた。黎栄によって拘束された雲居はもう抵抗する力さえ残っていないのか、力無く項垂れて座り込んでいる。

「遅ぇんだよお前ら。何してたんだ」

疲れ果てたように大きな石に座り込んだ天慶は頬の擦り傷を乱暴に拭いながらそう息を吐く。

「はァァ!? 天慶にぃが行き先も言わずに飛び出すから追いつくのに時間がかかったんでしょうが!」

目を釣り上げた天佳が鬼の形相で天慶に突っかかる。
あれ、今「天慶にぃ」って言った?

「え……まさか、兄妹?」

天佳が少し気まずそうな顔をして振り向く。天慶とよく似た切長の目を申し訳なさそうに細めて、顔の前でパンッと手を合わせた。

「黙っててごめんね。天慶にぃに頼まれて誉のことずっと見守ってたの」
「おい、俺は監視しとけつったんだよ馬鹿」
「何言ってんのよ。もしものことがあれば守れって言ったのはあんたでしょうに」

天慶を見た。大きな舌打ちと共にふいと顔を背ける。相変わらず舌打ちが呼吸のようだった。

「宮司。私は先にこの者を連れて里に戻ります」
「ああ、そうしてくれ」
「あと頼まれていたその者の身体の捜索ですが、ある程度目処がつきましたのでそれも後ほどご報告します」

へ?と天慶と黎栄の顔を交互に見る。

「なーんだ、黎栄も天慶にぃから密命受けてたの? どうりで見かけないと思ったら」
「ええ。完全に部下の私的利用でしたがね」
「可哀想〜」

さっさと行け、と睨まれた二人は雲居を引き起こす。力なく立ち上がった雲居の背にあった翼が片方だけになっている。引きずられるように歩き出した。

「……一言だけ、誉と喋っていい?」

天慶が小さく頷いた。項垂れていた雲居がゆっくりと顔を上げる。力ない笑みが胸に刺さった。

「ごめんね、巻き込んで」
「……謝るなら、最初からこんなことしないでください」
「はは、おっしゃる通りで」

雲居が目を伏せた。

「……あの、さ。裏表なく俺を評価してくれたのは誉だけだったんだ。”天慶と同じくらい相応しい”って言ってくれて、ありがとう。ホントに君は魅力的な女の子だよ」

連れていけ、と天慶が顎で示した。二人は雲居を連れて歩き出した。二人きりになった洞窟の中で天慶が深く息を吐いた。

「……あいつが何か企んでいることは分かっていたが、お前を連れ去るとまでは思っていなかった。俺の失態だ」

珍しくしおらしい態度で言葉を並べる天慶に首を捻った。

「えっとぉ……それってもしかして謝罪してる?」
「どっからどう聞いても謝罪だろうが」
「アハハッ、も〜ホント仕方ない人だね。分かったよ」

我慢できずに吹き出した。けらけら笑いながら滲んだ涙を拭き取る。
こんなにも「ありがとう」と「ごめんなさい」が下手くそな人に会ったのは初めてだ。

「助けに来てくれてありがとう、天慶」

天慶は不機嫌そうな顔で顔を背けると「……ああ」と低く頷いた。血の跡のついた天慶の頬に手を伸ばす。驚いたように少しのけぞった天慶は誉を見上げる。

「これ痛い?」
「大したことない」
「後で手当してもらいなよ」

ああ、とまたそっけない返事。そして続けざまに

「妖は受けた恩を忘れず、約束を違えない生き物だ」

会話の流れを汲まない唐突な言葉に「はぁ……」と曖昧に返した。

「だからお前に約束する。お前が元いた場所に帰れるまで、俺がお前のことを守る」

どくん、と心臓が大きく跳ねた。黒に戻った切長の瞳から目を逸らすことができない。
聞いてんのか、と睨まれて思い出したようにこくこく頷いた。なぜだか無性に顔が熱い。

「とにかく里に戻るぞ。話はそれからだ」

天慶が立ち上がる。ほら、と差し出された手を恐る恐る握ると、想像以上の力強さで握り返された。その手の温もりが無性に切ない。これはそう、懐かしさの感情に似ていた。

私……どこかで天慶と会ったことがあるの? いやいや、こんな男と知り合っていたら絶対に忘れないはずだ。

しっかりと立ち上がったことを確認した天慶は手を離した。いくぞ、と歩き出し慌ててその背中を追いかけた。