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 かつて蒼き谷には狼の姿を本性とする三柱の神がいた。
 一柱(ひとはしら)白峰(はくほう)と呼ばれる蒼谷岳(そうやだけ)の奥深くの社を住処とし、眷属である白き狼たちを束ねた蒼き毛並みの孤高の山狼(さんろう)。集落の民からは白狼大神(はくろうたいしん)狼神(おおかみ)さまと呼ばれ、現代でも崇められている。
 もう一柱はくろがねの闇を纏った気高き碧眼の海狼(かいろう)。死の国へと通じる冥界を管理する冥神(めいしん)(いにしえ)からの友である彼は黒狼忌神(くろうきしん)忌神(いみがみ)さまという称号()で民草から慕われていたが、時代とともに忘れ去られていった。
 そして二柱(ふたはしら)の神の橋渡しとして蒼き谷の集落で暮らしていたのがしろがねの光と紫水晶の瞳を抱く地の狼神だ。
 山の狼神とも海の狼神とも接触を持つ紫狼地神(しろうちしん)は、蒼谷の土地神さまと敬われながら人間として生きる方が自分の身にあうと豪語し神であることを放棄してしまった。後に集落の女と恋に落ち、人間としてその生を終えたといわれている。
 永い年月とともに狼神信仰は廃れていくも、蒼谷岳にある白峰(しらみね)神社周辺には、多くの狼が生息しており、神域に迷い込んだ人間を喰らう彼らはまたの名を厄神憑(やくがみつき)、厄神として現代もなお畏れられているのだ。