あと3ヶ月で30歳になる。
 思えば長い人生だった。生まれてよかったと思ったことは少ないが、家族や友人にはそれなりに恵まれた人生だったのだろう。しかし自身のこれまでを振り返り、幸せだったと感じる期間は非常に少ない。29歳半年と少し、私は現在とある街の安アパートを借り、自動車部品メーカーの製造ラインにて日々働いている。大学を出てから人と会話をすること自体少なくなった。否、大学を出てからの記憶が乏しいことは、人生におけるピークをとうの昔に過ぎたからだと断言できる。
 ある時から30歳を迎えた日に死ぬことを決めていた。理由は断定できないが、そうあるべきだと思った。ただ、私には死ぬ前に償わなければならないことがある。それで今、こうして死の3ヶ月前から筆を取っている。インターネットが普及した現在においてノートとシャープペンシルに向かっているのは些か時代に逆行したような気持ちであるが、どうしても自身の筆跡にてこれを残しておかなければならなかった。他の誰かが書いた物だと思われては困る。私の死後、もしこのノートを読む者があれば、どうか最後まで目を通して頂きたい。そうして読み終えた後、このノートをどうするかは貴方に任せよう。そっと元に戻すのもよし、火にあぶるのもよし、しかるべき場所へ突き出すのもよし、選択肢は無限にある。
 と、つい久しぶりに文字を書いたので、あまりの書き心地の良さに無駄な数行と時間を使ってしまった。本来の目的を忘れてはならない。しかし、この為に奮発して高価なペンを購入してよかった。これが私の最後の贅沢品となるだろう。

 私は名前を朝霧和麻(あさぎりかずま)という。遡れば10年前、とある少女を誘拐し、約1年に渡り監禁した。
 自身がこの全てをここで打ち明ける前に、まずは自身の人生について述べなければならない。ひどく長い文章になるだろう。用意したキャンパスノートで事足りるだろうか。しかし私はこのノートにて、自身の人生と罪を告白しなければならない。死んだ後の告白となり私が非常に軟弱者であることには許しを乞いたい。また、10年もの間、この話を打ち明けることが出来なかったことについて、私は死を持って償いたいと思う。これを書き切った時、私はきっとこの部屋で命を絶つであろう。全て覚悟の上で今から私は30までの毎日筆を取る。どうかこの文書を遺書だとは思わないで欲しい。これは私が犯した罪について、自首と同義の告白文である。