二月上旬のとある日、海の近くに住んでいる親戚から早採りわかめをもらった恵子は、目を丸くした。
「こんなにたくさんいいの?」
「いいのいいの。貰ってちょうだい。ちょうど旬だし、恵子さんなら美味しく食べてくれるかと思ってね」
親戚はそれだけ伝えて恵子の家から去った。どうやらまだ配る場所があるようだ。車が小さくなるまで見送り、家の中に入る。
ビニール袋がパンパンになるくらい入れてくれたようで、袋からは磯の香りが漂う。
「……今日はわかめのしゃぶしゃぶね」
そうと決まれば、と恵子は美穂の家に電話をかける。五コール目で美穂が出た。そして、早採りわかめをもらったことを話すと、美穂から「今日はしゃぶしゃぶ?」と問われて「一緒にどうかしら?」と誘った。
美穂は明るい声色で「喜んで!」と答えた。声が弾んでいたので、恵子はふふっと笑う。
お昼頃に、美穂は恵子の家を訪ねた。今日はふたりだけのしゃぶしゃぶ会だ。
「これ、うちで作った辛子漬け。良かったら」
「美穂ちゃんの辛子漬け美味しいから、大歓迎! さ、入って入って」
美穂を招き入れ、歩き出す。テーブルの上にはすでにカセットコンロの上に鍋が置かれていた。ふわふわと蒸気が見え、沸騰させていたことがわかる。
「それじゃあ、始めましょうか!」
「この時期の旬、早採りわかめのしゃぶしゃぶ!」
美穂が来る前に下処理はしている。もらった早採りわかめをザルに上げ、流水で揉み洗うだけだが、この下処理が大事だ。
わかめを菜箸でつまみ、たっぷりの湯の中へ。
一気に鮮やかな緑色に変化していくのを楽しむのが、この早採りわかめの醍醐味だ。
「うーん、この色の変化がいいのよねぇ」
「たっぷりあるから、たらふくおあげんせ」
「ありがとう、お言葉に甘えて、たっぷりいただきます」
美穂の近くに置いてある皿にわかめを置く。美穂は両手を合わせてから、ポン酢をかけて早速わかめを食べる。
「んー、この柔らかさ! この時期だけのものよね! 茎も柔らかくて食べやすい!」
「本当にねぇ。旬のわかめの美味しさよ……」
「わかめも地域によって味が違うわよね」
しみじみと話す美穂にこくりとうなずく。わかめのしゃぶしゃぶの他に、ご飯と味噌汁、それから美穂からもらったきゅうりの辛子漬けをテーブルに並べていた。
わかめはポン酢やワサビ醤油で食べるのが高橋家の食べ方だ。ポン酢におろししょうがを入れるのも美味しいのでおすすめ。
「同じ沿岸北部なのに、どうして味が違うのかしらね?」
素朴な疑問を口にするが、恵子も美穂も首を傾げた。
「そういえば、美咲ちゃんと芽衣ちゃんは、こちらの生活にだいぶ慣れた?」
「来月で一年くらいになるからね。芽衣は方言が面白いのか、たまに真似して喋っているわ」
去年の三月中旬に地元に帰ってきた美咲。そして美咲の娘の芽衣の姿を思い浮かべ、恵子は目元を細めて微笑む。
「めんこいねぇ。ふたりとも」
「身内贔屓だけど、ほんにめんこくてねぇ。……こっちに戻ってから、笑顔が増えたみたい」
「……そっか。じゃあもっともっと、笑顔を増やさんとねぇ」
「んだな。けーこばあばのおかげで、美咲も芽衣も楽しく過ごせてるよ」
美穂が恵子に対して頭を下げたので、恵子は慌てて手を振った。
「んなことない。一番は美穂ちゃんたちが支えているからさね。もっとしゃんと胸張らんと!」
「――……ほんに、ありがとう、けーこばあば。これからもよろしくね」
「こちらこそ。……ほら、わかめたらふくあるから、いっぱい食べて」
そうして恵子と美穂はわかめのしゃぶしゃぶを楽しみ、余ったわかめは美穂に持って帰ってもらった。去っていく美穂の姿を見送り、恵子は空を見上げる。
――二月の晴天。
春になっていくのを感じながら、恵子は家の中に入った。
まだ、外は寒い。寒いけれど――これから段々と暖かくなり、また山菜の時期が巡る。
(今度は美咲ちゃんたちにも手伝ってもらおうかしら?)
一緒に過ごすことで、彼女たちの笑顔が増せば嬉しいと考えながら、恵子は小さく微笑んだ。
「こんなにたくさんいいの?」
「いいのいいの。貰ってちょうだい。ちょうど旬だし、恵子さんなら美味しく食べてくれるかと思ってね」
親戚はそれだけ伝えて恵子の家から去った。どうやらまだ配る場所があるようだ。車が小さくなるまで見送り、家の中に入る。
ビニール袋がパンパンになるくらい入れてくれたようで、袋からは磯の香りが漂う。
「……今日はわかめのしゃぶしゃぶね」
そうと決まれば、と恵子は美穂の家に電話をかける。五コール目で美穂が出た。そして、早採りわかめをもらったことを話すと、美穂から「今日はしゃぶしゃぶ?」と問われて「一緒にどうかしら?」と誘った。
美穂は明るい声色で「喜んで!」と答えた。声が弾んでいたので、恵子はふふっと笑う。
お昼頃に、美穂は恵子の家を訪ねた。今日はふたりだけのしゃぶしゃぶ会だ。
「これ、うちで作った辛子漬け。良かったら」
「美穂ちゃんの辛子漬け美味しいから、大歓迎! さ、入って入って」
美穂を招き入れ、歩き出す。テーブルの上にはすでにカセットコンロの上に鍋が置かれていた。ふわふわと蒸気が見え、沸騰させていたことがわかる。
「それじゃあ、始めましょうか!」
「この時期の旬、早採りわかめのしゃぶしゃぶ!」
美穂が来る前に下処理はしている。もらった早採りわかめをザルに上げ、流水で揉み洗うだけだが、この下処理が大事だ。
わかめを菜箸でつまみ、たっぷりの湯の中へ。
一気に鮮やかな緑色に変化していくのを楽しむのが、この早採りわかめの醍醐味だ。
「うーん、この色の変化がいいのよねぇ」
「たっぷりあるから、たらふくおあげんせ」
「ありがとう、お言葉に甘えて、たっぷりいただきます」
美穂の近くに置いてある皿にわかめを置く。美穂は両手を合わせてから、ポン酢をかけて早速わかめを食べる。
「んー、この柔らかさ! この時期だけのものよね! 茎も柔らかくて食べやすい!」
「本当にねぇ。旬のわかめの美味しさよ……」
「わかめも地域によって味が違うわよね」
しみじみと話す美穂にこくりとうなずく。わかめのしゃぶしゃぶの他に、ご飯と味噌汁、それから美穂からもらったきゅうりの辛子漬けをテーブルに並べていた。
わかめはポン酢やワサビ醤油で食べるのが高橋家の食べ方だ。ポン酢におろししょうがを入れるのも美味しいのでおすすめ。
「同じ沿岸北部なのに、どうして味が違うのかしらね?」
素朴な疑問を口にするが、恵子も美穂も首を傾げた。
「そういえば、美咲ちゃんと芽衣ちゃんは、こちらの生活にだいぶ慣れた?」
「来月で一年くらいになるからね。芽衣は方言が面白いのか、たまに真似して喋っているわ」
去年の三月中旬に地元に帰ってきた美咲。そして美咲の娘の芽衣の姿を思い浮かべ、恵子は目元を細めて微笑む。
「めんこいねぇ。ふたりとも」
「身内贔屓だけど、ほんにめんこくてねぇ。……こっちに戻ってから、笑顔が増えたみたい」
「……そっか。じゃあもっともっと、笑顔を増やさんとねぇ」
「んだな。けーこばあばのおかげで、美咲も芽衣も楽しく過ごせてるよ」
美穂が恵子に対して頭を下げたので、恵子は慌てて手を振った。
「んなことない。一番は美穂ちゃんたちが支えているからさね。もっとしゃんと胸張らんと!」
「――……ほんに、ありがとう、けーこばあば。これからもよろしくね」
「こちらこそ。……ほら、わかめたらふくあるから、いっぱい食べて」
そうして恵子と美穂はわかめのしゃぶしゃぶを楽しみ、余ったわかめは美穂に持って帰ってもらった。去っていく美穂の姿を見送り、恵子は空を見上げる。
――二月の晴天。
春になっていくのを感じながら、恵子は家の中に入った。
まだ、外は寒い。寒いけれど――これから段々と暖かくなり、また山菜の時期が巡る。
(今度は美咲ちゃんたちにも手伝ってもらおうかしら?)
一緒に過ごすことで、彼女たちの笑顔が増せば嬉しいと考えながら、恵子は小さく微笑んだ。