「さぁさ、たらふくおあげんせ」

 食卓に並ぶたくさんの春を伝える――山菜料理。

 ほかほかの白いご飯に、納豆汁。ばっけみそにふきのとうやタラの芽の天ぷら、うどの酢漬け。さらにふきの煮物。

「こんなにたくさん……本当にいいんですか?」
「もちろんよぉ。いつもひとりで食べていたから、一緒に食べてくれると嬉しいわぁ」

 ごくり、と喉を鳴らして、彼女は両手を合わせた。

「――いただきます!」

◆◆◆

 ほんのりと寒さが和らいできた三月中旬。

 ピピピピピ、という目覚まし時計に起こされて、むくりと起き上がり、目覚ましのスイッチを切る。時刻を確認すると早朝五時。

 ゆっくりとした動きでベッドから降り、カーテンを開ける。

「――もうだいぶ明るくなって来たねぇ」

 日が暮れるのが早くなり、夜が明けるのが遅い時期は過ぎ去り、これから春の訪れを感じることができる岩手のとある小さな町の三月中旬。

 ――高橋(たかはし)恵子(けいこ)は、そっと窓に触れて、外の風景を眺めた。

「とはいえ、まだ朝は冷えるねぇ」

 ぽつりと言葉をこぼして、恵子は窓から離れて身支度を整える。

「おはようございます、(いさむ)さん」

 そして仏壇の近くに飾られている遺影――亡き夫、高橋勇に朝の挨拶をした。

 恵子が六十五歳の頃に病気で亡くなり、彼女は五年ほどひとり暮らしをしている。周りの協力もあり、思っていた以上にひとりの時間を快適に過ごしている。

「でも、やっぱり、あなたの『おいしい』って言葉が聞きたいわねぇ」

 五歳年上だった夫のことを思い浮かべ、恵子は小さく息を吐く。

 最愛の夫が亡くなってから、五年ほどひとり暮らしを続けていた。

 最初のうちは寂しかったが、五年も続けていればそれなりにひとりの時間にも慣れ、それなりの楽しみも見つけだしている。

 その楽しみとは、たまに様子を見にくる子どもたちや孫たち、そしていつもお裾分けをしてくれる地域の人たちとの交流だ。

「うちは大家族だったものねぇ。いつも賑やかだったから、こうして静かに食べる日がくるなんて不思議だわぁ……さて、ご飯を用意しないと」

 テレビをつけて、朝食の用意をする。朝のニュースを耳に入れながら作るのが日課なので、音がないと寂しく感じる。

「今日は……うん、これにするかねぇ」

 冷蔵庫を開けてきゅうりの辛子漬けと、昨日作ったなめたけの入ったタッパーを取りだし、お湯を沸かしてインスタントの味噌汁を用意した。

「今は便利よねぇ。ひとりならこっちのほうが楽だわぁ」

 誰に言うでもなく、ぽつぽつと独り言をつぶやきながら食卓に並べ、予約タイマーで炊いた白米を茶碗に盛る。ほかほかとした白い湯気に、恵子は目を細める。

「うーん、炊き立てのご飯の匂いはたまらないねぇ」

 そうしているうちにお湯も沸き、汁椀にインスタントの味噌汁を入れてお湯を注ぐ。ふわぁっと香る味噌汁の香りに小さく口角を上げ、食卓に並べた。