「では早速、詩織、華道は分かるか?」


生暖かい視線が向けられる大広間を出ると神楽に連れられて一つの部屋に入った。

そこには詩織とは無縁な巻物や書物が壁の棚に入ってあった。


「華道、ですか?」


(きっと道が付いていると思いますが、それ以外は分かりませんね)

こてんと首をかしげていると、


「まさかだと思うが、華道を知らないのか?あそこの床の間に飾ってあるのが華道の作品で、見たことないか?」


神楽は驚きが含まれた声を発した。

神楽が指した床の間には掛け軸とその脇に豪快な花が生けられていた。


「それなら見たことがあります。よく母上や双葉がしていましたね」


言葉に言わなくても伝わるだろう。

詩織は華道の道を歩いていないと。


「茶道はどうだ?」

「お茶碗のような焼き物で飲んだことがあります」

「歌学は?」

「か、かかぐですか?」


(なんでしょうか?武器の一種でしょうか?)

詩織は検討外れなことを考えているが、歌学とは和歌についての知識を深めて理論を整理する学問。

詩織が遠い昔に忘れ去ったものである。


「詩織、琴以外に弾ける楽器はあるか?」

「どうでしょうか?」


面会時の様子から琴と裁縫はできないことは感じたので他の楽器ならと神楽は思ったが、答えは一緒だった。

まさかこれほどできないとは思っていなかっただろう。


「詩織、読み書きはできるよな?」


読み書きは身分問わずできて当たり前のこと。

でもこれまでの詩織の回答から武家の女性としての教養が皆無なことが分かったので、つい聞いてしまった。


「できますよ。できないと兵法を読むことはできませんから」


自信満々に詩織は答えたが、これは普通であることをご存じだろうか?


「兵法は読むのか?」

「はい!実践で役に立ちますからね」

「物語や随筆は」

「読んだことないです」


家にはあるが、一度も開いたことがなかった。


「......詩織の香取の血はどこへ行ったんだろうな?」


兵法を嗜んでいるのでもしかしたらと聞いてみたが、駄目だった。

文官や側仕えの家に生まれながらもこれほど武に偏っているとは......。


「きっと双葉に流れたのでしょうね。双葉は優秀ですから」


(私の妹は凄いのですよ!)

詩織よりも年下なのに領主の妹に仕えている双葉は姉として誇りだった。


「文に仕えている侍女か」


ようやく顔と名前が一致する。

周りをよく見ていて、くるくると動く様は香取家の血を濃く受け継いだと言われても納得してしまう。

香取家の血を妹に渡した詩織は武の道へ行ったことも。


「そなたは妹である双葉を恨んだりしないのか?」

「どうして恨むのです?」


急にそんなことを聞いてきた神楽に詩織は戸惑ってしまう。


「いや、何でもない。では、まず、歌学から始めよう。まず、和歌は分かるよな」


神楽は話を直ぐに変えて、畳の横に置いてある書を一つ手に取った。


「えっと、歌ですよね」


それ以上の確たる知識は湧いてこなかった。

(季語があったような気がするけど、でも季語がない歌もあった気がするし......)


「......まずはそこからだな」


目があちらこちらに動く詩織に本気で呆れながらも、神楽は書を見せた。

詩織のあまりのできなささに頭を抱えたが、今まで感じたことのないほど穏やかな時間が過ぎていた。