透き通た青空が満ちる日、詩織が城に上る日がやってきた。


 「くれぐれも神楽様に失礼のないようにな」

 「きちんとお仕えするのですよ」


 両親は国主一族に辞退を求めたが、叶わず、せめて側室にとお願いしたが、それも却下された。

 勉学が最低限にしかできない詩織を神楽に嫁がせるのは不安しかないが、嫁として送り出さないといけなかった。


 「姉上がいなくなるのは寂しいですね......」


 いつも詩織を呆れたり苦笑している双葉は、詩織と似ている顔に浮かぶ笑顔が僅かに曇っていた。

 嫁ぐことは幸せなこと。悲しそうにしてはいけないと頭では分かっているのに、感情はまだ追いついていないのだろう。

 普段が詩織よりもしっかりして大人のように見える双葉も年相応に見える。


 「もうそんな顔をしないで。また城の中で会えるでしょう?」


 双葉を安心させるように頭をなでる詩織の姿はまさに慈悲深き聖女の如し。

 普段は中身と見た目が合っていない残念美少女だが、この姿を見てしまうとどちらが本当の姿なのか見る者を惑わした。

 肉刺だらけで皮膚が厚い手はとても年相応の女性の手ではない。

 強さを求めて努力し続けている証だ。


 「そう、ですね。姉上、幸せになって下さいね」

 「貴方もね。父上、母上、双葉には良い縁をお願いします。双葉は私と違って教養も深いのできっと多くの男から求婚されてしまうね」

 「姉上!私のことはいいですから!ほら、お城で神楽様が待っているのでしょう。行ってらっしゃい」

 「はいはい。では、行って来ます」

 「はいは一回よ」


 母の小牧の小言を後ろで聞きながら、詩織は十五年お世話になった屋敷から離れた。

 今日は珍しく小袖姿だった。

 この時代、身分関わらず女性は小袖を着ていた。

 その理由は、袖口が比較的小さく体に合うように作られているため動きやすかったからだ。

 一般的には麻や木綿が主流だが、詩織が着ている小袖を使っていた。

 城を中心として囲むように武家屋敷があるので、すぐに城へ辿り着いた。

 直ぐに城門が開き、先日通った道を歩いていくと


 「こちらが大広間でございます。神楽様がお待ちです」


 と言われる詩織の目の前ではあの日と同じ豪奢な襖があった。

 ここまで連れて来てくれた者に軽く頭を下げて、襖の前でつま先を上げた状態で正座をした。


 「失礼いたします」


 部屋の中へいる者に一声かけると右手を引手にかけて三寸ほど開けると、今度は右手を襖の立縁(親骨)に沿って開いた隙間に入れて体の中心まで襖を開ける。

 反対の手をそっと添えて体が入る程度まで開けると、正座に直して一礼する。

 (体が動いて良かった)

 襖の開け方はできるまで閉じ込められたので、体に沁みついていた。

 顔を上げると

 (皆様勢ぞろいですね......)


 神楽だけではなく、前国主にその正室と文がいた。


 「藤郷や小牧の方が辞退を願っていたからどんな子が来るかと思ったけど、随分と礼儀がしっかりしている子だね。やはり香取家の姫だけあるね」

 「藤郷殿や小牧は公私をしっかり分けているので、中々子どもの情報が集まらなくて、どんな義娘が来るのか楽しみにしていました」

 「わたくし、兄しかいなかったので、詩織様が来てくれて嬉しいです!」

 「これからよろしくお願いいたしますね」


 にこりと優雅に微笑む姿は知的に見えるが、外見だけであることをこの場では誰も分からなかった。


 「詩織、これから末永くよろしく頼む。それと部屋を見たら、早速勉強だ」

 「え⁉お勉強ですか.........」


 詩織は視線を下げると、それだけで悲しみに憂いる儚げな美少女となる。


 「神楽、もう少し詩織優しくしなよ。せっかく来てくれたんだから」

 「そうですよ。神楽、最初に行うのは城を案内することですよ」


 両親から苦言をされた神楽は不満げに息を吐くと、


 「......城を案内したら、直ぐに勉強だ」

 「勉強はするのですか?」

 「当たり前だろう。詩織がどれほどの知識があるのか知らないと、教えられないからな」

 「嘘でしょう......」


 (お勉強なんて無理ですよ......)

 涙目になってしまうと、さすがの神楽も声が狼狽えた。


 「お、おい泣くな。そうだな......ご褒美を付けよう。ほら言っただろう。もし、合格したら、城での稽古を許すと」

 「ほんとですか!では、早速神楽様、お願いします!」

 「あ、ああ」


 表情がころころと変わる詩織に驚きつつも神楽は千夜のお願いを了承してしまった。

 詩織が想像以上であることをこの時はまだ知らなかった。