屋敷の門を出ると世界が変わる。

 人々の喧騒が聞こえて、町民が市を開いていた。

 道歩く者は詩織よりも質素で薄汚れた着物を身にまとっているが、その中には姿勢が整い過ぎた者もいた。

 姿は町民や農民に誤魔化しても、育ちの良さがにじみ出ていた。


 「あら、詩織。噂の中心人物がこんなとこにいるだなんて」

 「別に良いじゃないですか。それこそ、徳様は仕事放棄ですか?」


 詩織を見つけてこちらに寄って来た徳は双葉の同僚で神楽の妹姫の護衛をしていた。

 護衛をする者は主からの命以外で別のことをしてはいけない。

 だが、今の徳は完全にお忍びで市にやって来た者だった。


 「まさか。今日は午後から休みよ。それよりもどうやって神楽様を射抜いたの⁈香取家の姫が神楽様の正室になるって文様から聞いてびっくりしちゃった」


 文様と呼ばれた方は双葉と徳が仕える神楽の妹君である。


 「どうやってって言われても、話していたらそうなりました」

 「詩織は相変わらずね。もう少し、他のことに興味を持ったら?」


 徳は詩織がこの手のことに興味がないことを知っていた。

 なんせ勉強嫌いな詩織に武の道を与えたのは徳なんだから。

 詩織の家が文官の家だとしたら、徳の家は武官の家。

 領主一族の指南役や数々の伝説を生みだした将などを多く輩出してきた家である。

 見目麗しい徳も槍を持つとその辺にいる男どもよりも敵を一掃させるほどの実力はあった。


 「私は武の道、徳に剣技一筋なので」


 そう言う詩織の頬は赤く、恋煩いをする乙女になっていた。

 視線を落としてそう呟く様は歩く者を振り向かせるほどの力があったが、思っているのは男ではなく、剣技。

 見た目と中身が合っていない残念美少女である。


 「ほんとにぶれないわね。そんな詩織だから神楽様もときめいたのかしら。それにしても、詩織。城に上ったら気を付けた方が良いわよ。どこにでも納得していない者はいるから。揚げ足を取られないようにね」

 「肝に銘じます」

 「でも、詩織のことだから刀で簡単にあしらうのでしょうね」

 「その手がありましたか!」


 基本的に城の中では道場以外武器の使用は禁止である。

 しかし、正当防衛なら許されるので、何者かに襲われても対応することはできる。


 「ではいつでも相手との対応ができるように今から鍛錬してきますね!それでは失礼いたします」


 そう言い残して先程歩いた道を戻っていく姿を徳は見送るしかできなかった。