神楽と文の関係が変わったことで、詩織の周りも変わった。

 領主夫妻からも感謝され、文からは慕われて、家臣からは恩人のように拝められていた。

 そんな慣れない日々が続いたある日のこと


 「詩織、市に行かないか?」


 神楽に誘われた。

 心なしか神楽の耳が赤くなっている気がする。


 「分かりました。では準備してきますね」

 「それなら、町民と同じ格好の方が助かる。お忍びで行くからな」

 「お忍びですか?」


 今まで詩織は町の人と同じ格好をして市に出歩いたことなかった。


 「ああ。この恰好では目立つからな」

 「はぁ......。では着替えてきますね」


 全く分かっていなさそうな顔をして、詩織は部屋を出た。

 与えられた自分の部屋に着くと既に町民の着物が準備されていた。

 (この着物は裕福な商家のお嬢さんが着るようなものですけど......)

 今着ている着物よりは落ちるが、手触りが良いので一品であることは違いない。

 詩織と違って、手仕事をする町の女性はこのような高価な着物を着ない。

 町歩く女性の着物の多くが麻や木綿で作られた薄汚れた着物であることを知らないのだろうか?

 しかし、詩織は思考をどこかに捨てて与えられた着物を身にまとった。

 (あ、お忍びで行くなら武器とか置いていった方が良いよね)

 詩織は着物に隠しこんでいた刀に短刀、毒薬を自分の部屋に置いていった。

 部屋から出ると、神楽が待っていた。


 「お待たせしてすみません」

 「いや、いい。ほら、行くぞ」


 視線は合わず、そっぽを見ている神楽から差し出された手を詩織は取った。