「な、なによっ!こ、来ないで!」
「電話だっつってんだろ! いいから出ろや!」
「――ちょっと! 嫌がってるでしょ! 頼み方ってものがあるでしょ!」
「あぁ? うるせぇ、てめぇは口閉じてろ!」
「シャンティをいじめるな! お前が黙ってろ! あっちいけ!」
「こいつらすっげーな、度胸ありすぎだろ。俺なら今頃ぜってーちびってんぞ」
「うるっせぇっつってんだろ! てめぇもなに感心してんだ!」
「わ、わりぃ、でもよ――」
「いやっ! 来ないで!」
「――だー!もう全員うるっせぇな! さっさとしろや!」
低く荒々しい声で、部屋の空気が凍りついた。ドア付近で野次を飛ばしていた男も黙り込み、圧倒的な威圧感を放つ男がシャンティに電話を押しつける。覆面越しでもその視線は鋭く、彼女をその場に縛り付けるように追い詰めていた。張りつめていたシャンティの気丈さが、剥がれ落ちる。足が拘束されているため、後退しようにも動けないまま、その場で怯むしかなかった。
「――テメェの親だ。状況わかってんだろ。さっさと出ろ。余計なこと言うんじゃねぇぞ。そこの二人の処分は、お前次第だ」
吐き捨てられた言葉が、シャンティに襲い掛かる。震える手で電話を取り、悔しさと怒りをその目いっぱいに宿し、相手を睨みつけた。だが、どれほど強く睨んでも、ビームが出るわけでも、自分を守る力が湧くわけでもない。自分の無力さを、彼女は痛いほど理解していた。
「――ママ? ママ!! ごめんなさい――ごめんなさい」
「――おら、よこせ――おい、聞いただろ? わかったな。情報全部持ってこっちに来い。下手な真似するなよ。警察にでも連絡したらどうなるかわかってんだろうな」
母親の声に安堵するも余韻も与えず、シャンティから電話を奪い取ると、男はドアを勢いよく閉めて出ていった。その衝撃で、シャンティは気力でなんとか封じ込めていた感情が崩れ落ちた。無理に堪えていた涙が堰を切ったように頬を伝い、震える手で顔を覆う。自分の無力さが、耐え難い悔しさに、唇を強く噛みしめた。
「やっぱ虚勢だったか――そうだよな、こえーよな。本当に悪いな、嬢ちゃんたち。情報さえ手に入れば、お前たちにこれ以上悪いことはしねぇよ――な? だから大人しくしときな」
そう言い残して、もう一人の男がシャンティの頭を乱暴に撫で、薄ら笑いを浮かべたまま部屋を出て行った。
「――触るな――きもちわるい――既に、史上最高に最悪よ」
シャンティは触られた頭を乱暴に拭き、全身に広がる嫌悪感をどうにか追い払おうとした。怒りと屈辱がこみ上げてくるのを抑えきれない。
母はいつだって勇敢だった。真実を追い求め、悪を裁くために、自らのすべてを懸けて突き進む人だった。その背中は強く、まぶしく、シャンティにとって憧れそのものだった。
だが今、彼女を取り巻く現実は、その憧れを無慈悲に打ち砕いていた。母が手にした真実が、こんな卑劣で冷酷な者たちの手に渡ろうとしている。そして、それを防げないばかりか、この事態を引き起こした原因が自分であるという事実が、彼女の心をさらに追い詰めていく。
映画のヒロインのように勇敢でいられたら――敵に堂々と向き合う強さがあれば――そう願わずにはいられなかった。
「ごめんなさい――悪いやつなのに。やっつけないといけないのに――私のせいで、どうしよう」
「――シャンティのせいじゃないよ。ね? シャンティは悪くない」
「そうだよ。シャンティは悪くないよ!」
「全部私のせいだ――私が――遊びに行かないで大人しくしてれば――ママの言うとおりにしなかったから――二人のことも巻き込んで――どうしよう――ママ」
二人の気遣う言葉も、今のシャンティにはまるで届かない。罪悪感が彼女の心を容赦なく飲み込み、絶望色に染め上げる。
その打ちひしがれた姿に、パニーはついに覚悟を決めた。モールス信号がエイディに届かなかったことは分かっている。だが、男が来る直前に足の縛りを隠せたおかげで、彼らがこちらの抵抗の意思に気づく様子はない。男たちも出て行ったばかりだ。シャンティの母親が到着するまでは、ここには戻ってこないだろう――今がチャンスだ。
「――ねぇ、シャンティ。顔上げて、こっちみて」
「なによ――」
「シャンティのママ、ここに来るんでしょ? そしたらその秘密の情報が、あいつらに渡るんだよね?」
「――」
「それは、絶対、嫌だよね?」
「――当たり前でしょ」
「阻止、しよう?」
「――は?」
「つまりさ、その前に――脱出しよう?」
「――なに、バカなこと言ってるの。それができないから、今こうして――」
「聞いて。私ね、ずっと三人で安全に脱出できるプランを考えてたの。でも、どうしても完璧な策は思いつかなくて――ただ、ちょっと危険を冒してもいいなら、可能性はある」
「――うそ」
「ううん。本当――シャンティが私を信じられたら――うそが本当になるの」
「私が――パニーを信じたら――」
「うん。できそうかな?」
「うそ、じゃないの」
「本当にするよ」
「――信じられない」
「うーん、もっと現実的な話をすると――正確には、この部屋からの脱出することができるのは本当。だけど、問題はその後なのよね。どこにいるかもわからないし――逃げた先で、あいつらにバレずに、こっちに向かってるシャンティのママに出逢えるのが一番理想だけど――そう、上手く事が運ぶかは賭けになるよね――でも、このままここでじっとしているより、選択肢が広がると思わない?」
「――本、当なの?」
「違うよ。本当にするの」
「――テウシィは信じられるの」
「うん。シャンティ。 僕は信じてるよ、パニーの事――その賭けに乗る!」
「――どうして」
「パニーは――うーん、ヒーローみたい、だから? かな」
「――ヒーロー」
「ヒーローかぁ。それはかっこよすぎる気がするけど――まぁいっか。よしっ! 私は今日、シャンティのヒーローになる!」
「――私のヒーロー」
「どう、かな?」
「――たすけて――」
シャンティは小さく、祈るようにヒーローと付け足した。
「そうこなくっちゃ! がんばろうね、シャンティ」
パニーが差し出した手を、シャンティは掴もうとしたが、縛られた足のせいで、バランスを崩してしまった。
「あ――そうだった。まずこれ外そっか」
「どうやって――そもそも、パニーはどうやって外したの」
「パニー、僕からやって。その方がシャンティも安心するでしょ?」
「おっけー」
「――いい? ちょっと痛いかもしれないけど――」
「――うん。大丈夫」
パニーは、テウシィの足に巻かれたロープに床の水を浸し、そこに冷気を送り込んでいった。ロープは見る間に凍りつき、一気に力を込めて引き裂くと、古びたロープは崩れ落ち、テウシィの足が自由を取り戻した。
「ありがとう! パニー」
「――え?」
「ぎゃー! やっぱ赤くなってるー。痛いよね? 大丈夫?」
「これくらいなら平気だよ」
「――治療は後でちゃんとしよう。今は、応急処置ね」
パニーはテウシィの足を軽く握り、温まっていくようにと、手を添えた。
「な、な、なにして、今のなにが、どうやって――」
シャンティは、目の前で繰り広げられる不可思議な光景に圧倒され、信じられないと声を絞り出した。
「これが私の力なの――どう、私がいてよかったでしょ?」
「だって、今――どうやって――」
「どう? さっきよりも頼れそう?」
「――うそでょ」
「うそじゃないよ?」
「本当に――ヒーローなの」
「だろー? かっこいいだろ! ヒーローパニー!」
パニーは得意げに笑い、シャンティに力強くうなずいて見せた。その表情に、シャンティは思わず見入ってしまう。今までどこか呑気で頼りないと思っていたパニーが、別人のように映っていた。
シャンティの足枷も同様に外した後、パニーはお守りとして毎日身に着けているアームレットのパーツを組み直し、起動させた。起動させるとアームレットから光が漏れるため、男たちに気づかれるリスクがありこれまでためらっていたのだ。
「――それは?」
「お助けアイテムってとこかな。」
「エイディの――えっと、私の家族なんだけど、その腕にもついててね。今日は一緒に来たから、私とテウシィが居なくなったのに気が付いているはずだし、なんというか、えっと――」
「――GPSだよね、パニー」
「そう!それだ! GPSなの!」
「GPS! じゃぁ私たちの居場所はわかるんだ!」
実際にはGPSとは少し異なっているが、"引寄の雫"を宿したアームレットは、一定の距離内で同じもの同士が引き合う性質を持つ。それを使えば、エイディたちがこちらの位置に気づいてくれるはずだった。
「上の窓みて、光が漏れてるところ見えるでしょ? はめ殺し、緩んでるじゃない? あそこが――外へ出る突破口、だと思うの」
「――でも、どうやって」
「この部屋にある水分を凍らせて、それを集めて足場を作るの」
「――足りる?」
「足場に乗って、私が二人を肩車したらなんとか届くと思う――どうかな?」
「廃材も少しあるしね。それも加えよっか」
「――そうね。私が凍らせるから、使えそうなものここに集めてくれる?」
「「――了解」」
「じゃぁ、ちょっと寒くなるから我慢してね」
この部屋に点在する水たまりと湿気は、パニーにとって最大の武器となる。パニーは部屋を歩き回りながら、水たまり一つ一つに手をかざし冷気を送り込む。わずかな時間の中で、それは氷の塊へと変わっていく。
シャンティとテウシィは、冷たく硬化した氷を運び、散乱した廃材も利用し組み合わせていく。氷は接合部となり、廃材はその骨格を支えた。最後にパニーが氷の形状を整え足場が完成した。
「テウシィ、そのまま先に上がれそう?」
「た、たぶん――がんばるっ!」
「気をつけてね」
パニーは足場となる氷の上で踏ん張り、テウシィを肩車して持ち上げた。テウシィは体勢を整え、窓枠に手をかけ――。
---
「なんかあったら連絡します――うん――わかった」
「――マクリスなんだって?」
「こっちに、急いで向かうって。警察にも連絡してくれるってよ」
「――僕たちは、どうする?」
「――とりあえず、捜索続行、だろ?」
パニーたちが必死に脱出に挑んでいたその頃、エイディとニウスも、二人の行方を追うべく奔走していた。マクリスにも連絡を入れ、増援の手配を済ませたし、警察への通報も彼が引き受けてくれていた。
「エイディ! 腕! 腕みて!」
「――ん?」
「アームレットが! パニーだ!」
「これが起動したってことは――」
「一先ず、パニーが無事ってことだな」
「――テウシィもパニーと一緒かな?」
「二人同時に居なくなったんだ。きっとそうだろうな」
「よか――ううん、まだ安心できないけどでも無事でよかった」
「だな――よしっ。ニウス、ここからは超特急で行く。しっかり掴まれよ」
エイディはニウスを背に乗せると、地面を強く蹴り、一気に駆け出した。彼は周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、速度を緩めることなく近くの壁を駆け上がる。勢いそのままに身を引き上げ、屋根の上へと飛び乗った。
目の前に広がるのは、一帯に並ぶどこか活気のない空気を纏う建物群。住宅街のように見えるが、ほとんどの建物は人が住んでいる様子がなく、ぽつぽつと営業している店が目立つ程度だ。人気のない静まり返ったその街並みは、今のエイディたちにとっては好都合だった。
---
時は少し進む――。
監禁部屋からの脱出には成功したものの、パニーたちは建物内で息を潜めながら身を隠し、緊張で神経を削り取られるような時間を過ごしていた。閉じ込められていたのは五階。はめ殺しの窓の外には狭いベランダが張り出していたが、そこから降りるのは非現実的だった。唯一可能だったのは、ベランダ伝いに隣の部屋へと移動すること。
犯人たちの話し声は下の階から断続的に響いてくる。パニーたちは、まず上階への逃走を試みたが、五階から六階への階段は頑丈に封鎖されていて、道を塞がれてしまった。
仕方なく、下階への進路を選び、五階から二階まで降りたものの、途中で建物中央部の吹き抜け構造に行き当たった。上から下までがむき出しの空間が広がり、構造的にはさらに降りることも可能だったが、それは同時に、下の階から丸見えになるという意味でもあった。
吹き抜けの下から聞こえてくる犯人たちの声や、物音が、物理的な壁以上の圧迫感をもたらしていた――。
「電話だっつってんだろ! いいから出ろや!」
「――ちょっと! 嫌がってるでしょ! 頼み方ってものがあるでしょ!」
「あぁ? うるせぇ、てめぇは口閉じてろ!」
「シャンティをいじめるな! お前が黙ってろ! あっちいけ!」
「こいつらすっげーな、度胸ありすぎだろ。俺なら今頃ぜってーちびってんぞ」
「うるっせぇっつってんだろ! てめぇもなに感心してんだ!」
「わ、わりぃ、でもよ――」
「いやっ! 来ないで!」
「――だー!もう全員うるっせぇな! さっさとしろや!」
低く荒々しい声で、部屋の空気が凍りついた。ドア付近で野次を飛ばしていた男も黙り込み、圧倒的な威圧感を放つ男がシャンティに電話を押しつける。覆面越しでもその視線は鋭く、彼女をその場に縛り付けるように追い詰めていた。張りつめていたシャンティの気丈さが、剥がれ落ちる。足が拘束されているため、後退しようにも動けないまま、その場で怯むしかなかった。
「――テメェの親だ。状況わかってんだろ。さっさと出ろ。余計なこと言うんじゃねぇぞ。そこの二人の処分は、お前次第だ」
吐き捨てられた言葉が、シャンティに襲い掛かる。震える手で電話を取り、悔しさと怒りをその目いっぱいに宿し、相手を睨みつけた。だが、どれほど強く睨んでも、ビームが出るわけでも、自分を守る力が湧くわけでもない。自分の無力さを、彼女は痛いほど理解していた。
「――ママ? ママ!! ごめんなさい――ごめんなさい」
「――おら、よこせ――おい、聞いただろ? わかったな。情報全部持ってこっちに来い。下手な真似するなよ。警察にでも連絡したらどうなるかわかってんだろうな」
母親の声に安堵するも余韻も与えず、シャンティから電話を奪い取ると、男はドアを勢いよく閉めて出ていった。その衝撃で、シャンティは気力でなんとか封じ込めていた感情が崩れ落ちた。無理に堪えていた涙が堰を切ったように頬を伝い、震える手で顔を覆う。自分の無力さが、耐え難い悔しさに、唇を強く噛みしめた。
「やっぱ虚勢だったか――そうだよな、こえーよな。本当に悪いな、嬢ちゃんたち。情報さえ手に入れば、お前たちにこれ以上悪いことはしねぇよ――な? だから大人しくしときな」
そう言い残して、もう一人の男がシャンティの頭を乱暴に撫で、薄ら笑いを浮かべたまま部屋を出て行った。
「――触るな――きもちわるい――既に、史上最高に最悪よ」
シャンティは触られた頭を乱暴に拭き、全身に広がる嫌悪感をどうにか追い払おうとした。怒りと屈辱がこみ上げてくるのを抑えきれない。
母はいつだって勇敢だった。真実を追い求め、悪を裁くために、自らのすべてを懸けて突き進む人だった。その背中は強く、まぶしく、シャンティにとって憧れそのものだった。
だが今、彼女を取り巻く現実は、その憧れを無慈悲に打ち砕いていた。母が手にした真実が、こんな卑劣で冷酷な者たちの手に渡ろうとしている。そして、それを防げないばかりか、この事態を引き起こした原因が自分であるという事実が、彼女の心をさらに追い詰めていく。
映画のヒロインのように勇敢でいられたら――敵に堂々と向き合う強さがあれば――そう願わずにはいられなかった。
「ごめんなさい――悪いやつなのに。やっつけないといけないのに――私のせいで、どうしよう」
「――シャンティのせいじゃないよ。ね? シャンティは悪くない」
「そうだよ。シャンティは悪くないよ!」
「全部私のせいだ――私が――遊びに行かないで大人しくしてれば――ママの言うとおりにしなかったから――二人のことも巻き込んで――どうしよう――ママ」
二人の気遣う言葉も、今のシャンティにはまるで届かない。罪悪感が彼女の心を容赦なく飲み込み、絶望色に染め上げる。
その打ちひしがれた姿に、パニーはついに覚悟を決めた。モールス信号がエイディに届かなかったことは分かっている。だが、男が来る直前に足の縛りを隠せたおかげで、彼らがこちらの抵抗の意思に気づく様子はない。男たちも出て行ったばかりだ。シャンティの母親が到着するまでは、ここには戻ってこないだろう――今がチャンスだ。
「――ねぇ、シャンティ。顔上げて、こっちみて」
「なによ――」
「シャンティのママ、ここに来るんでしょ? そしたらその秘密の情報が、あいつらに渡るんだよね?」
「――」
「それは、絶対、嫌だよね?」
「――当たり前でしょ」
「阻止、しよう?」
「――は?」
「つまりさ、その前に――脱出しよう?」
「――なに、バカなこと言ってるの。それができないから、今こうして――」
「聞いて。私ね、ずっと三人で安全に脱出できるプランを考えてたの。でも、どうしても完璧な策は思いつかなくて――ただ、ちょっと危険を冒してもいいなら、可能性はある」
「――うそ」
「ううん。本当――シャンティが私を信じられたら――うそが本当になるの」
「私が――パニーを信じたら――」
「うん。できそうかな?」
「うそ、じゃないの」
「本当にするよ」
「――信じられない」
「うーん、もっと現実的な話をすると――正確には、この部屋からの脱出することができるのは本当。だけど、問題はその後なのよね。どこにいるかもわからないし――逃げた先で、あいつらにバレずに、こっちに向かってるシャンティのママに出逢えるのが一番理想だけど――そう、上手く事が運ぶかは賭けになるよね――でも、このままここでじっとしているより、選択肢が広がると思わない?」
「――本、当なの?」
「違うよ。本当にするの」
「――テウシィは信じられるの」
「うん。シャンティ。 僕は信じてるよ、パニーの事――その賭けに乗る!」
「――どうして」
「パニーは――うーん、ヒーローみたい、だから? かな」
「――ヒーロー」
「ヒーローかぁ。それはかっこよすぎる気がするけど――まぁいっか。よしっ! 私は今日、シャンティのヒーローになる!」
「――私のヒーロー」
「どう、かな?」
「――たすけて――」
シャンティは小さく、祈るようにヒーローと付け足した。
「そうこなくっちゃ! がんばろうね、シャンティ」
パニーが差し出した手を、シャンティは掴もうとしたが、縛られた足のせいで、バランスを崩してしまった。
「あ――そうだった。まずこれ外そっか」
「どうやって――そもそも、パニーはどうやって外したの」
「パニー、僕からやって。その方がシャンティも安心するでしょ?」
「おっけー」
「――いい? ちょっと痛いかもしれないけど――」
「――うん。大丈夫」
パニーは、テウシィの足に巻かれたロープに床の水を浸し、そこに冷気を送り込んでいった。ロープは見る間に凍りつき、一気に力を込めて引き裂くと、古びたロープは崩れ落ち、テウシィの足が自由を取り戻した。
「ありがとう! パニー」
「――え?」
「ぎゃー! やっぱ赤くなってるー。痛いよね? 大丈夫?」
「これくらいなら平気だよ」
「――治療は後でちゃんとしよう。今は、応急処置ね」
パニーはテウシィの足を軽く握り、温まっていくようにと、手を添えた。
「な、な、なにして、今のなにが、どうやって――」
シャンティは、目の前で繰り広げられる不可思議な光景に圧倒され、信じられないと声を絞り出した。
「これが私の力なの――どう、私がいてよかったでしょ?」
「だって、今――どうやって――」
「どう? さっきよりも頼れそう?」
「――うそでょ」
「うそじゃないよ?」
「本当に――ヒーローなの」
「だろー? かっこいいだろ! ヒーローパニー!」
パニーは得意げに笑い、シャンティに力強くうなずいて見せた。その表情に、シャンティは思わず見入ってしまう。今までどこか呑気で頼りないと思っていたパニーが、別人のように映っていた。
シャンティの足枷も同様に外した後、パニーはお守りとして毎日身に着けているアームレットのパーツを組み直し、起動させた。起動させるとアームレットから光が漏れるため、男たちに気づかれるリスクがありこれまでためらっていたのだ。
「――それは?」
「お助けアイテムってとこかな。」
「エイディの――えっと、私の家族なんだけど、その腕にもついててね。今日は一緒に来たから、私とテウシィが居なくなったのに気が付いているはずだし、なんというか、えっと――」
「――GPSだよね、パニー」
「そう!それだ! GPSなの!」
「GPS! じゃぁ私たちの居場所はわかるんだ!」
実際にはGPSとは少し異なっているが、"引寄の雫"を宿したアームレットは、一定の距離内で同じもの同士が引き合う性質を持つ。それを使えば、エイディたちがこちらの位置に気づいてくれるはずだった。
「上の窓みて、光が漏れてるところ見えるでしょ? はめ殺し、緩んでるじゃない? あそこが――外へ出る突破口、だと思うの」
「――でも、どうやって」
「この部屋にある水分を凍らせて、それを集めて足場を作るの」
「――足りる?」
「足場に乗って、私が二人を肩車したらなんとか届くと思う――どうかな?」
「廃材も少しあるしね。それも加えよっか」
「――そうね。私が凍らせるから、使えそうなものここに集めてくれる?」
「「――了解」」
「じゃぁ、ちょっと寒くなるから我慢してね」
この部屋に点在する水たまりと湿気は、パニーにとって最大の武器となる。パニーは部屋を歩き回りながら、水たまり一つ一つに手をかざし冷気を送り込む。わずかな時間の中で、それは氷の塊へと変わっていく。
シャンティとテウシィは、冷たく硬化した氷を運び、散乱した廃材も利用し組み合わせていく。氷は接合部となり、廃材はその骨格を支えた。最後にパニーが氷の形状を整え足場が完成した。
「テウシィ、そのまま先に上がれそう?」
「た、たぶん――がんばるっ!」
「気をつけてね」
パニーは足場となる氷の上で踏ん張り、テウシィを肩車して持ち上げた。テウシィは体勢を整え、窓枠に手をかけ――。
---
「なんかあったら連絡します――うん――わかった」
「――マクリスなんだって?」
「こっちに、急いで向かうって。警察にも連絡してくれるってよ」
「――僕たちは、どうする?」
「――とりあえず、捜索続行、だろ?」
パニーたちが必死に脱出に挑んでいたその頃、エイディとニウスも、二人の行方を追うべく奔走していた。マクリスにも連絡を入れ、増援の手配を済ませたし、警察への通報も彼が引き受けてくれていた。
「エイディ! 腕! 腕みて!」
「――ん?」
「アームレットが! パニーだ!」
「これが起動したってことは――」
「一先ず、パニーが無事ってことだな」
「――テウシィもパニーと一緒かな?」
「二人同時に居なくなったんだ。きっとそうだろうな」
「よか――ううん、まだ安心できないけどでも無事でよかった」
「だな――よしっ。ニウス、ここからは超特急で行く。しっかり掴まれよ」
エイディはニウスを背に乗せると、地面を強く蹴り、一気に駆け出した。彼は周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、速度を緩めることなく近くの壁を駆け上がる。勢いそのままに身を引き上げ、屋根の上へと飛び乗った。
目の前に広がるのは、一帯に並ぶどこか活気のない空気を纏う建物群。住宅街のように見えるが、ほとんどの建物は人が住んでいる様子がなく、ぽつぽつと営業している店が目立つ程度だ。人気のない静まり返ったその街並みは、今のエイディたちにとっては好都合だった。
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時は少し進む――。
監禁部屋からの脱出には成功したものの、パニーたちは建物内で息を潜めながら身を隠し、緊張で神経を削り取られるような時間を過ごしていた。閉じ込められていたのは五階。はめ殺しの窓の外には狭いベランダが張り出していたが、そこから降りるのは非現実的だった。唯一可能だったのは、ベランダ伝いに隣の部屋へと移動すること。
犯人たちの話し声は下の階から断続的に響いてくる。パニーたちは、まず上階への逃走を試みたが、五階から六階への階段は頑丈に封鎖されていて、道を塞がれてしまった。
仕方なく、下階への進路を選び、五階から二階まで降りたものの、途中で建物中央部の吹き抜け構造に行き当たった。上から下までがむき出しの空間が広がり、構造的にはさらに降りることも可能だったが、それは同時に、下の階から丸見えになるという意味でもあった。
吹き抜けの下から聞こえてくる犯人たちの声や、物音が、物理的な壁以上の圧迫感をもたらしていた――。