「知ってたけど、思ってたサッカーと全然違う――」
「わかる、違和感すごい」
「「それはそう」」
「でもでも、テウシィさすがだね!」
「ね!めっちゃかっこよ! 推せる!」
「だろ~。テウシィは最高なのよ~」
「出た親ばか~」
「残念~。親最高~」

 本日は待ちに待ったテウシィがレギュラーとして出場する練習試合の日だ。対戦相手は近隣のライバルチーム。場所は、彼が通う学校の校庭である。パニーたちはリムンを臨時休業にして、応援に駆けつけた。校庭はチームメイトや親たちの声援で活気に満ち熱い声が絶え間なく響き渡っている。

 試合は既に後半戦に突入して十五分が経過し、スコアは二対二のまま緊迫感を増している。そのうちの一点は、先ほどテウシィが見事に決めたものだ。フィールドの脇でニウスもベンチから声援を送り、仲間たちの動きに目を輝かせている。

「あー!ねぇねぇ! 見て見て! ニウスとコーチなんか話してるよ!」
「ほんとだー!」
「もしかして、もしかする?」
「するかも! やばー!緊張してきた!」
「マクリス、マクリス!カメラ!カメラ! 充電大丈夫?」
「まだ大丈夫だよ~。カメラ新調しておいてよかった~」
「静止画担当、エイディどう?」
「――バッテリーも、メモリもばっちしっす」
「盛り上げ担当、喉の調子は?」
「――はい! 先ほど潤しました!」
「右に同じく!」
「よしっ! んん、よっし、私もばっちり、皆一丸と盛り上げるよ」
「「「「「らじゃっ!」」」」」

 パニーたちの視線の先、ニウスがコーチの前で真剣な表情を浮かべている。背筋を伸ばし、緊張を湛えたその面持ちは、いつもの柔らかな彼とはどこか違う雰囲気をまとっていた。パニーたちもその緊張に引き込まれ、思わず手のひらに力がこもる。ウェナもオーラも、エイディも。そして、マクリスもまた、期待をたたえながらその場に立っている。

「――きたきたきたきた!」
「やった!やった! ついに!ニウス!」
「ニウスー! がんばれー!」
「やれー! いけー!」
「お前ならやれる!」

 観客席から沸き上がる声援に応えるように、ニウスはスパイクの紐をきゅっと締め直し、足元に視線を落とす。自慢のスパイクは、コツコツ貯めたお小遣いで手に入れた宝物。今日のために磨き上げ、しっかりと履きならしてきたその足元が、夢に手が届いた現実を彼に強く感じさせていた。夢の舞台が、いま、目の前に広がっているのだ。

 フィールドに立つ彼の背中には、まだ少しあどけなさが残っている。それでも、今はどこか凛々しく、パニーたちの胸を熱く揺さぶる。彼らの視線が、ニウスの背中に一心に注がれる。

さぁ、走れニウス。



---



「――驚いた。ニウス、本当に足速いね~」
「でしょー!そうなの!」

 ニウスは風のように相手選手の間をすり抜け、フィールドを自在に駆け抜けていく。その姿に、観客席から多くの視線が引き寄せられ、身を乗り出して彼の一挙手一投足を追いかけている。

「きたきたきたきた!」
「ニウスがんばれー!」
「行け―! そのまま走れー!」

 緊迫感が張り詰めるフィールドで、試合は後半二十五分が過ぎたところで、チャンスが訪れた。ニウスが味方からのパスを受けると勢いよく加速。前方には対戦相手が構えているが、ニウスはフェイントを繰り出し、相手の反応をかわしていく。

 そしてゴール前。ニウスが力強く足を振り抜き――。

「「「「――ゴール!!!!」」」」
「きゃー! ニウス、ニウスが決めたー!」
「「うぉぉぉぉぉぉ!」」
「ニウス、最高ー!」

 パニーは両手を掲げ、思わず歓声と共に飛び跳ねた。隣のウェナとオーラも、満面の笑みで腕を振り上げ、喜びに抱き合う。エイディも、マクリスも、手に持ったカメラのことをすっかり忘れて拳を突き上げ、歓声の渦に巻き込まれている。

 ニウスは自分が決めたゴールにまだ驚いた様子で、駆け寄ってきたテウシィやチームメイトたちにもみくちゃにされながら笑顔を返している。その笑顔が次第に歓声に応えて観客席へと向けられ、まっすぐにパニーたちの方に届く。確かに視線が交わったその瞬間、パニーの胸に熱いものがこみ上げた。視界が揺らぎ、彼の姿がにじんでいく。



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「――はぁぁぁ。もう無理心臓痛い」
「もーなにこれめっちゃ気力使うんだけど」
「わかる~? 俺なんて毎度こうなのよ? テウシィ―はそりゃぁ最高にかっこいいけど、俺の心臓がかわいそうだよね~」
「マクリス、頑張って生きて~」

 試合は再び同点に戻り、残り時間は数分。フィールド上には緊張が張り詰め、観客席からは両チームへの熱い声援が響き渡る。パニーたちは息を詰め、視線を集中させていた。選手ではないのに、息が荒く、胸の鼓動が自分でも聞こえるほど強く響く。

 故郷で行った試合とはまるで違う、この緊迫感。

「――あ! ニウスにボール!」
「いけいけいけいけ!」
「テウシィ!そこだ!パスだパス!」
「テウシィ! いけいけいけー!」

 試合終了間近、再びチャンスが訪れた。ニウスがボールをキープし、相手ディフェンダーをかわしながら前線へと進む。すかさずテウシィがスペースを見つけ、駆け込んだ。ニウスのパスがテウシィの足元にピタリと収まり、彼はゴールを狙う体勢に入る。

 観客席の誰もが息を呑んでその瞬間を見守った。テウシィがゴールを見据え、足を振り抜く。瞬間、ボールは一直線にゴールへと飛び――。

「テウシィ、決めたー!」
「「きゃーーーー!!」」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 ネットが大きく揺れた。その一撃に、校庭全体が歓声の渦に飲み込まれる。パニーの叫び、ウェナとオーラも興奮で両手を力いっぱいに突き上げる。エイディとマクリスは肩を組んで歓声を合わせ、跳ねるように喜びをぶつけ合った。

 ゴールを決めたテウシィが、ニウスと笑顔を交わしながら力強くハイタッチ。互いに嬉しそうな顔を見せ、そして駆け寄る仲間たちと一つの輪を作る。試合終了の笛が響き渡ると、周囲の子どもたちも加わり、その輪はどんどん広がっていった。



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 名残惜しげな歓声が、風に乗ってグラウンドを駆け巡る。その余韻が消えぬ中、ニウスはぼんやりと視線を宙に漂わせている。隣ではテウシィが誇らしげに笑みを浮かべているが、ニウスの耳には、先ほどのコーチの言葉がしつこく絡みついて離れない。

『ニウス、どうだ? このチームの一員として――本格的にやってみないか?』

 その言葉に心が躍る。チームの一員として、テウシィや仲間たちと汗を分かち合い、共に時を刻む夢。思い描くだけで、熱がこみ上げる。このサッカーチームに関わり始めて早五カ月――その夢を抱かなかったわけではない。けれども、心の片隅には迷いが根を張っている。

 リムンの仕事に、農園。そして何より家族を探すという大切な目的。そもそも、自分は外界の人間ですらない。そして、追い続けてきた"幻贖の力"の発現。それらすべてが、ニウスにとっては手放せない大切なものであり、すでに抱えるだけで精一杯だ。

 サッカーは好きだ。ボールを追いかけているときだけは、心の重荷がふっと軽くなる気がする。しかし、もしチームに加われば、練習は増え、責任も伴う。やがてその重さに耐えられなくなり、大切な何かを、知らぬ間に手放してしまうのではないか――その不安が、ニウスの心を締めつけた。

「どうするー? ニウスが入ってくれたら、僕すごく嬉しいなー」
「ニウス、コーチに誘われるなんてすごいじゃないか」
「――マクリス」
「どうする?! 入ろうよー!」
「――わかんない、どうしよう。どうしたらいい、マクリス」
「――なんだ? 迷ってるのか」
「えー!ニウスやろうよー! 絶対楽しいよ!」

 力が目覚めないまま、故郷の期待に応えられない自分が、無意識に力を持つ者たちを遠ざけ、勝手に嫌ってしまう自分が、嫌いだった。だから、半ば逃げるようにここへ来たのだ。力はまだ目覚めない。それでも、ボールを追うことで、失っていた自信のかけらが少しずつ戻ってきた気がした。今の自分なら、少しだけ、好きになれるかもしれない。

「――そうだね。まずは思考を整理してみようか」
「――思考整理?」
「今何を考えてる? 心配事は――リムンの事?」
「――うん」
「リムンは好き?」
「――好き」
「それは嬉しいな~。これからも続けたい?」
「――続けたい」
「農園も好きかな?」
「好き」
「うんうん。そうだね。嬉しいな~。続けたい?」
「――続けたい」
「サッカーは? 好き?」
「――好き」
「続けたい?」
「――続け、たい」
「そうだよね~。毎日頑張ってるもんね――チームに入りたい?」
「――わかんない」
「あとは――力の事、かな」
「――うん」
「練習が必要だよね」
「――うん。もっと頑張らないと」
「ご両親のこともだね」
「――うん。今だってずっとパニーたちに任せっぱなしだし」
「そっか~。あとは、何が心配かな?」
「――お金」
「お金?――あぁ、まぁ確かにね~」
「他は?」
「――それくらい、かも」

 ニウスの心に散らばった不安をひとつひとつ拾い上げ並べたマクリス。

「まずは、リムンと農園のことだね。前にも言ったけどね、想定以上にみんなが手を貸してくれてるおかげで、今はかなり余裕ができている状態なんだよ。だから、チームの練習時間くらいニウスが抜けても問題ない。あとで、パニーたちに相談してみよう?」
「――」
「次に、力のことね。サッカーと両立しながらだと難しい部分もあるよね~。もう少し時間をかけてじっくりやっていきたいかな?」
「――」
「家族のことに関しては、焦って解決するものじゃない。これもパニーたちと一緒に考えていこう。お金はね~。もし心苦しかったら君のお小遣いを使ってみようか」
「――」
「――少しは整理できたかな? コーチだって結論を急いでないよ。大丈夫。ただ、年長者からのアドバイスは受け取ってくれるかな。いいかい? ニウス。挑戦しないうちに、自分にできるかどうかを決めつけてしまうのはすごくね、もったいないことだよ。できるかどうかは、挑戦したその先で見えてくるものなんだからね」



---



 ニウスがチームメイトと楽しげに談笑する一方で、パニーたちは視線を交わし、小さくうなずき合うと、大きな袋を抱え、コーチの方へと歩き出した。袋にはリムンの商品がぎっしり詰め込まれている。果実ジャムにドライフルーツ、手作りクッキー――すべてが感謝の証だった。

 ニウスに一度は止められたが、その想いをどうしても伝えたい。今回は彼に気づかれないよう、こっそりと贈り物を手渡すことに決めたのだ。エイディが遠くで見張り役を務め、ニウスの視線が逸れないよう目を光らせている。その間、パニーはそっとコーチに声をかけた。

「――コーチ!」
「やぁ、パニーどうしたんだい?」
「――あの、よければこれ、感謝の気持ちです。受け取ってください!」
「え? 感謝って、俺何かしたかな」
「ニウスのことです。コーチにすごく支えてもらって――本当にありがとうございました!」
「ニウスの? サッカーが上手くなったのは彼の努力の賜物さ。僕はただのコーチとして――」
「それもですけど、以前相談にも乗ってくださったって聞きました。そのとき、すごく救われたみたいで。それで、ぜひこれを!――あ!この間、リムンで気に入ってくださったジャムも入ってますよ。それに――」

 コーチはまだ少し戸惑った表情を浮かべ、袋の中身を改めて見ながら、遠慮がちに手を伸ばし、どこか気が引けている様子だ。

「こんなにたくさん本当にいいのかい?――リムンの商品はとても美味しいから嬉しいけど――」

 遠くからその様子にを見たニウスは、ハッとした顔で状況に気づくと、慌ててパニーたちの元へ駆け寄ってきた。

「わりぃ、パニー。バレた」
「パニー! やめてって言ったじゃん、もう!」

 ニウスの抗議をよそに、オーラとウェナも次々と加わり、リムンの商品やコーチへの感謝を次々に語り出した。その熱意は止まることなく溢れ出し、ニウスは顔を両手で覆い、恥ずかしさに耐えていた。

「コーチ、これからもどうかニウスをよろしくお願いします!」

 コーチはようやく肩の力を抜き、困惑した表情を和らげると、少し照れくさそうに微笑み、袋を受け取った。