もうすぐ師走の二十日が迫る頃、時生はビシリと軍服を身に纏い、この日も本部へと向かった。本日の午前中の業務は待機だ。というのも、午後に全体で会議があるからなのだという。そのため特別執務室の偲達は忙しそうにしている。また、午前中に片付けてしまいたい事があるといって、黎千や山辺は出かけているから、時生は灰野と二人で対策室で留守番だ。以前ならば結櫻もいたのだろう。そう考えると、胸が痛んだ。

「……」

 灰野は真面目な瞳で、机に広げた書類を読んでいる。
 その隣に座っている時生は、細く長く息を吐いてから、浄化の技法の資料を見た。
 浄化の技法は、破魔の技倆の持ち主の中で、高圓寺家の者が主に使用できる力なのだと書いてある。その際には、浄化の護珠という、力を増幅させる秘宝があるとよいと書かれているが、数代前に行方不明になってしまい、軍も現在では在処を関知しておらず、高圓寺家も所在を知らないと回答したという記述があった。

 次に何かが起こった時は、自分の意思でしっかりと力を放ちたいと時生は考えている。だから少しずつでも、力を身につけたい。偶然に頼るのではなく、自分の意思で発現させたい。

 そう考えていると、昼食の時間まではあっという間だった。

「灰野さん、ご飯どうする?」
「ああ……」

 時生の声に、灰野が顔を上げる。本部の一階には、無償の軍人食堂がある。今までにも何度か二人、あるいはみんなで食べにいった。

「行くか……」
「はい!」

 こうして二人でそろって席を立つ。
 長身の灰野の隣を歩きながら、時生は窓の外を見た。最近では、一部雪が残るようになってきて、融けない日もある。階段を降りて食堂へと入り、二人は先に席を取った。

「僕は……うーん、きつねうどんにしようかな」
「そうか。俺は蕎麦にする」

 そんなやりとりをして、二人で注文に行き、それぞれ膳を持って戻ってきた。
 灰野は大きな体をしているが、意外と食が細いと時生は覚えた。時生も人のことを言えたものではないが。二人の食べる量は、そう変わらない。

「午後の会議はどんな話をするんだろうね?」
「……牛鬼の件、なにか続報があればいいな」
「うん。なにか、根本的な解決の(いとぐち)が見つかるといいとは思うけど」

 割り箸を手に時生が述べると、灰野が小さく頷いた。
 マスクを外した灰野の蒼い瞳が、どんぶりの中へと向く。

「牛鬼は、なんのために生じたのだろうな」
「え?」
「俺だってそうだ。なんのために生まれたんだろうかと……たまに……」

 ぽつりと零した灰野の声に、時生は手を止める。

「僕も、どうして自分が生まれてきたんだろうって思ったことがあって。だけど、そこに意味があってもなくても、生き方は僕自身が決められるんだと……最初は、僕にはそれは出来ないと思っていたけど、今は自分で決めて、生きていきたいと思ってるから、生まれた理由より、生きる意味を探すようにしてます」

 自然にそんな言葉が零れた時生は、それからなんだか気恥ずかしくなり、瞳を揺らしてから改めて灰野を見た。すると灰野は驚いたように時生を見ていて、目が合うと柔らかく笑った。

「そうか。俺もそう思うことにする」

 最近、少し表情が豊かになった灰野の声に、頷き返した時生は、それからうどんを味わった。ちょっと熱くて、火傷しそうになった。