なお時生の次の出勤は、三日後のことだった。
本部に入るなり、長椅子に座っていた結櫻が苦笑するように笑いかける。
「大変だったみたいだね」
その言葉に、会館での事件を思い出し、時生もまた困ったように笑った。家でも偲に心配された記憶が強い。
「今は丁度さっきね、みんな狼男が逃げ出しちゃったらしくて、捜索に出たから誰もいないんだ。僕と時生くんだけ。ちょっとお茶でも飲んで待っていよう」
結櫻はそう言うと、本日は洋風のカップを手に取り、ココアの粉と砂糖を入れていく。
「ありがとうございます」
お礼を言い、鞄を長椅子に置いた時生は、その横に座った。
結櫻が時生の前にカップを置き、自分の席に座り直す。
「相樂さんは熱血漢だからね。青波もやる時はやっちゃうたちなんだけど。驚いたでしょ?」
「はぁ……ただ灰野さんが無事というか……殴られてはいたけど、助かってよかったなって」
「そうだね。灰野も大変だからね」
結櫻は頷くと、カップを持ち上げた。指に輝く銀の指輪を、何気なく時生は見る。
「灰野はさ、あやかしの血を引いているから、どうしても差別されがちなんだよ」
「え?」
「あやかしと人間の間の子供ってこと。半妖なんていう言い方もするんだけどね」
それを聞いて、時生は驚いた。そして漠然と、鶴の先祖返りである静子と偲の子供である澪も、半妖なのだろうかと考える。
「どうしてもあやかしを対策――討伐もする部隊だから、血を引いていると言うだけで灰野を疎む奴も多くてね。でも灰野は良い子だから、相樂さんや青波が怒るのもよく分かるよ」
溜息をついた結櫻の瞳にも、静かな怒りが見えた。結束の固いこの部隊の人々が、時生にはなんとなく眩しく見えた。各々が信頼しあっているように思える。
「そうだ、時生くん。後でさ、ちょっと買い出しに付き合ってくれない?」
「はい、僕でよければ」
「その時に、見せたいものもあってさ」
「見せたいもの?」
「うん。僕がよくお参りする社なんだけど、御利益があるかもしれない。保証はしないけどね」
冗談めかして笑った結櫻に、時生は頷く。
「いつにしようか? そうだ、折角だから食事もしようか。歓迎会はあとでみんなでやるだろうけど年の瀬でまだバタバタしているから、僕が先にご馳走するよ」
「そんな、気を遣わないで下さい!」
「僕がしたいだけだから、気にしない気にしない。同僚と親睦を深めるのも仕事だよ?」
結櫻の言葉に、時生は気恥ずかしくなった。自分がきちんと働いている、この部隊の一員と認められている、そんな心境になる。
「はい……」
「じゃあ今度、時生くんがお休みで、空いている日。約束だよ?」
「はい!」
そんなやりとりをしながら口に含んだココアは、甘く優しい味がした。
本部に入るなり、長椅子に座っていた結櫻が苦笑するように笑いかける。
「大変だったみたいだね」
その言葉に、会館での事件を思い出し、時生もまた困ったように笑った。家でも偲に心配された記憶が強い。
「今は丁度さっきね、みんな狼男が逃げ出しちゃったらしくて、捜索に出たから誰もいないんだ。僕と時生くんだけ。ちょっとお茶でも飲んで待っていよう」
結櫻はそう言うと、本日は洋風のカップを手に取り、ココアの粉と砂糖を入れていく。
「ありがとうございます」
お礼を言い、鞄を長椅子に置いた時生は、その横に座った。
結櫻が時生の前にカップを置き、自分の席に座り直す。
「相樂さんは熱血漢だからね。青波もやる時はやっちゃうたちなんだけど。驚いたでしょ?」
「はぁ……ただ灰野さんが無事というか……殴られてはいたけど、助かってよかったなって」
「そうだね。灰野も大変だからね」
結櫻は頷くと、カップを持ち上げた。指に輝く銀の指輪を、何気なく時生は見る。
「灰野はさ、あやかしの血を引いているから、どうしても差別されがちなんだよ」
「え?」
「あやかしと人間の間の子供ってこと。半妖なんていう言い方もするんだけどね」
それを聞いて、時生は驚いた。そして漠然と、鶴の先祖返りである静子と偲の子供である澪も、半妖なのだろうかと考える。
「どうしてもあやかしを対策――討伐もする部隊だから、血を引いていると言うだけで灰野を疎む奴も多くてね。でも灰野は良い子だから、相樂さんや青波が怒るのもよく分かるよ」
溜息をついた結櫻の瞳にも、静かな怒りが見えた。結束の固いこの部隊の人々が、時生にはなんとなく眩しく見えた。各々が信頼しあっているように思える。
「そうだ、時生くん。後でさ、ちょっと買い出しに付き合ってくれない?」
「はい、僕でよければ」
「その時に、見せたいものもあってさ」
「見せたいもの?」
「うん。僕がよくお参りする社なんだけど、御利益があるかもしれない。保証はしないけどね」
冗談めかして笑った結櫻に、時生は頷く。
「いつにしようか? そうだ、折角だから食事もしようか。歓迎会はあとでみんなでやるだろうけど年の瀬でまだバタバタしているから、僕が先にご馳走するよ」
「そんな、気を遣わないで下さい!」
「僕がしたいだけだから、気にしない気にしない。同僚と親睦を深めるのも仕事だよ?」
結櫻の言葉に、時生は気恥ずかしくなった。自分がきちんと働いている、この部隊の一員と認められている、そんな心境になる。
「はい……」
「じゃあ今度、時生くんがお休みで、空いている日。約束だよ?」
「はい!」
そんなやりとりをしながら口に含んだココアは、甘く優しい味がした。