「おかえりなさい!」
礼瀬家に帰宅すると、澪が偲に飛びついた。抱き留めた偲が柔らかな顔で笑う。
その隣で、漸く緊張が解けた心地になり、時生も大きく息を吐いた。なにより、澪に『おかえり』と言われたことが、この場にいていいのだと感じさせられて嬉しくてたまらない。
三人でそのまま洋間の食堂へと向かうと、既に静子の姿がそこにはあった。黒い台座にが椅子の上にあり、その上に優雅に巨大な鶴が立っている。まだその姿に慣れない時生であるが必死に笑みを取り繕い一礼した。
「おかえりなさい、偲さん、時生さん」
かろやかな静子の優しい声が響いてくる。こうして食事が始まった。
「時生、初日はどうだった?」
すると道中では敢えて聞かなかったのか、偲が穏やかな声で尋ねた。帰り道では、コートを買おうかなどと言う話をしながら帰ってきたものである。
「は、はい。皆さん、良い方そうで」
「ああ。少し癖がある者が多いが、悪い者達ではない。困ったらなんでも俺に言うといい」
偲はそう言いながら、カツレツを切り分けている。
時生はお味噌汁を飲みながら頷いた。
「時生、食事が終わったら、明日英訳して欲しい書類を先に渡しておく。ただ、時間外に働く必要はない。明日忙しなく渡すことがないようにというだけだ」
「わかりました」
優しい偲の言葉に頷きながら、時生は食事を終えた。
それからは澪が食べるのを時折手伝い、団欒の一時を過ごす。
こうして食後、軍服から和服に着替え、時生は偲の部屋へと向かった。するとまだ軍服姿で、万年筆を書類に走らせている偲がいた。
「ああ、悪いな」
偲は顔を上げると、執務机の上にあった分厚い茶封筒を時生に示す。歩みよって、時生はそれを受け取った。傍らには、辞書が置いてある。
「特にあやかし専門の対訳用語は、難解かもしれないが、時生ならばすぐに覚えられると思う。俺も一定の事は分かるから、困った場合は聞いてくれ」
「ありがとうございます」
辞書も受け取り、封筒を抱えて、時生は頑張ろうと決意し直す。
「数日の間は、慣れた方がいいというのもあるから、連日で通ってみるといい。落ち着いたら当初の話の通り、週に二日程度だ。明日からは馬車を呼ぶ。俺が先に行く日もあるとは思うが、時生はゆっくりと来てくれればいい」
穏やかな声を放った偲は万年筆を置くと、正面から時生を見て、唇の両端を持ち上げる。
「時生。なにも気を張ることはない。これからは、訓練もあるが、同僚として宜しく頼む」
偲のその言葉が嬉しくて、時生もまた満面の笑みを浮かべたのだった。
礼瀬家に帰宅すると、澪が偲に飛びついた。抱き留めた偲が柔らかな顔で笑う。
その隣で、漸く緊張が解けた心地になり、時生も大きく息を吐いた。なにより、澪に『おかえり』と言われたことが、この場にいていいのだと感じさせられて嬉しくてたまらない。
三人でそのまま洋間の食堂へと向かうと、既に静子の姿がそこにはあった。黒い台座にが椅子の上にあり、その上に優雅に巨大な鶴が立っている。まだその姿に慣れない時生であるが必死に笑みを取り繕い一礼した。
「おかえりなさい、偲さん、時生さん」
かろやかな静子の優しい声が響いてくる。こうして食事が始まった。
「時生、初日はどうだった?」
すると道中では敢えて聞かなかったのか、偲が穏やかな声で尋ねた。帰り道では、コートを買おうかなどと言う話をしながら帰ってきたものである。
「は、はい。皆さん、良い方そうで」
「ああ。少し癖がある者が多いが、悪い者達ではない。困ったらなんでも俺に言うといい」
偲はそう言いながら、カツレツを切り分けている。
時生はお味噌汁を飲みながら頷いた。
「時生、食事が終わったら、明日英訳して欲しい書類を先に渡しておく。ただ、時間外に働く必要はない。明日忙しなく渡すことがないようにというだけだ」
「わかりました」
優しい偲の言葉に頷きながら、時生は食事を終えた。
それからは澪が食べるのを時折手伝い、団欒の一時を過ごす。
こうして食後、軍服から和服に着替え、時生は偲の部屋へと向かった。するとまだ軍服姿で、万年筆を書類に走らせている偲がいた。
「ああ、悪いな」
偲は顔を上げると、執務机の上にあった分厚い茶封筒を時生に示す。歩みよって、時生はそれを受け取った。傍らには、辞書が置いてある。
「特にあやかし専門の対訳用語は、難解かもしれないが、時生ならばすぐに覚えられると思う。俺も一定の事は分かるから、困った場合は聞いてくれ」
「ありがとうございます」
辞書も受け取り、封筒を抱えて、時生は頑張ろうと決意し直す。
「数日の間は、慣れた方がいいというのもあるから、連日で通ってみるといい。落ち着いたら当初の話の通り、週に二日程度だ。明日からは馬車を呼ぶ。俺が先に行く日もあるとは思うが、時生はゆっくりと来てくれればいい」
穏やかな声を放った偲は万年筆を置くと、正面から時生を見て、唇の両端を持ち上げる。
「時生。なにも気を張ることはない。これからは、訓練もあるが、同僚として宜しく頼む」
偲のその言葉が嬉しくて、時生もまた満面の笑みを浮かべたのだった。