帝国陸軍のあやかし対策部隊には、入隊のための試験はない。
唯一の軍属となる条件は、破魔の技倆の有無だ。
「寸法は問題が無さそうだな」
本日時生は、偲から渡された真新しい軍服を身につけている。シャツのボタンをきっちりと上まで閉めて、偲と同じ洋装の軍服を纏うと、それだけで自然と背筋が伸びた。
「それでは、行くとするか」
本日はゆっくり出るとのことで、食後着替えてから時生は偲に促されて玄関へと向かった。師走の空の雲は、いつもより白く見えた。真新しい制服の手袋の色と同じだ。ブーツの紐をきつく締めて、扉から偲に続いて外へと出る。
「いってらっしゃい、頑張るんだぞ!」
すると真奈美に抱かれた澪が明るい声を放った。振り返り、時生は微笑を返す。
こうして歩きはじめた街を見て、時生は不思議な気持ちになる。
装束が違うだけで、街の見え方がいつもとは少し異なる気がしたからだ。軍人が物珍しいというのもあるのだろうが、時折視線がとんでくる。偲にはそれらを気にした様子はない。時生の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる偲は、それから幾度か角を曲がりながら、あやかし対策部隊の本部の説明をしてくれた。主に構造の話や、朝は守衛の軍人に所属証を見せるといった作法だった。革の手帳に入る所属証は既に時生も受け取っている。ポケットに紐で繋いである。
そのようにゆったりと進み、先日忘れ物を届けに来た、あやかし対策部隊の本部が入る軍施設に時生はやってきた。するとこの日も、入り口には高東が立っていた。そして時生を見ると驚いた顔をした後、なにやら納得した顔で頷いてから、彼は顔を引き締め、偲に向き直り敬礼した。偲は目礼を返す。
「こちらは、本日付であやかし対策部隊に入る高圓寺時生だ。高東中尉、宜しく頼む」
偲の紹介に、高東が二度大きく頷いた。
自分の事を覚えていてもらえたのだろうかと考えながら、ぺこりと時生はお辞儀をする。
こうして二人で石段を上がり、中へと入る。絨毯の敷かれた通りを進み、上階へと向かう。そして本部の前の豪奢な扉を見た。偲が一度立ち止まってから、静かに開く。軋んだ音が響き終わった時、中にいた結櫻が顔を上げて、目を細めて笑い、口元に柔和な笑みを浮かべた。
「ああ、今日からだったね。待ってたよ、時生くんだよね?」
先日忘れ物を届けに来たときも出迎えてくれた結櫻の姿に、時生は背筋を正してから腰を折る。
「よ、宜しくお願いします!」
「そう畏まらなくて良いよ。ここにいるみんなは、全員が、破魔の技倆の持ち主という点で選ばれた、ある種対等な者だから。勿論、階級なんかはあるけどね。ささ、座って」
結櫻はそう言って、そばの長椅子に、いつかのように時生を促した。
そして手際よくお茶の用意を始める。
「結櫻、俺は隊長と少し話をしてくるから、あとは任せていいか?」
「うん、勿論」
偲は結櫻が頷いたのを見ると、時生に柔らかな笑みを向ける。
「皆、いい者だ。心配はいらない」
「は、はい!」
こうして偲が奥の扉に消えるのを、時生は見ていた。すると結櫻が、時生の正面に湯飲みを置き、その対面する席に自分も腰を下ろす。そちらには既に湯飲みがあった。
「お茶とか珈琲とかは、好きに淹れて自由に飲んでいいからね? 別に年功序列で、上役にお茶を用意するというような軍の風習もここにはないから、専ら僕がお茶の係になってるけど」
結櫻はそう言うと、冗談めかして笑った。その気さくな姿に、時生の緊張が少しだけ和らぐ。
唯一の軍属となる条件は、破魔の技倆の有無だ。
「寸法は問題が無さそうだな」
本日時生は、偲から渡された真新しい軍服を身につけている。シャツのボタンをきっちりと上まで閉めて、偲と同じ洋装の軍服を纏うと、それだけで自然と背筋が伸びた。
「それでは、行くとするか」
本日はゆっくり出るとのことで、食後着替えてから時生は偲に促されて玄関へと向かった。師走の空の雲は、いつもより白く見えた。真新しい制服の手袋の色と同じだ。ブーツの紐をきつく締めて、扉から偲に続いて外へと出る。
「いってらっしゃい、頑張るんだぞ!」
すると真奈美に抱かれた澪が明るい声を放った。振り返り、時生は微笑を返す。
こうして歩きはじめた街を見て、時生は不思議な気持ちになる。
装束が違うだけで、街の見え方がいつもとは少し異なる気がしたからだ。軍人が物珍しいというのもあるのだろうが、時折視線がとんでくる。偲にはそれらを気にした様子はない。時生の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる偲は、それから幾度か角を曲がりながら、あやかし対策部隊の本部の説明をしてくれた。主に構造の話や、朝は守衛の軍人に所属証を見せるといった作法だった。革の手帳に入る所属証は既に時生も受け取っている。ポケットに紐で繋いである。
そのようにゆったりと進み、先日忘れ物を届けに来た、あやかし対策部隊の本部が入る軍施設に時生はやってきた。するとこの日も、入り口には高東が立っていた。そして時生を見ると驚いた顔をした後、なにやら納得した顔で頷いてから、彼は顔を引き締め、偲に向き直り敬礼した。偲は目礼を返す。
「こちらは、本日付であやかし対策部隊に入る高圓寺時生だ。高東中尉、宜しく頼む」
偲の紹介に、高東が二度大きく頷いた。
自分の事を覚えていてもらえたのだろうかと考えながら、ぺこりと時生はお辞儀をする。
こうして二人で石段を上がり、中へと入る。絨毯の敷かれた通りを進み、上階へと向かう。そして本部の前の豪奢な扉を見た。偲が一度立ち止まってから、静かに開く。軋んだ音が響き終わった時、中にいた結櫻が顔を上げて、目を細めて笑い、口元に柔和な笑みを浮かべた。
「ああ、今日からだったね。待ってたよ、時生くんだよね?」
先日忘れ物を届けに来たときも出迎えてくれた結櫻の姿に、時生は背筋を正してから腰を折る。
「よ、宜しくお願いします!」
「そう畏まらなくて良いよ。ここにいるみんなは、全員が、破魔の技倆の持ち主という点で選ばれた、ある種対等な者だから。勿論、階級なんかはあるけどね。ささ、座って」
結櫻はそう言って、そばの長椅子に、いつかのように時生を促した。
そして手際よくお茶の用意を始める。
「結櫻、俺は隊長と少し話をしてくるから、あとは任せていいか?」
「うん、勿論」
偲は結櫻が頷いたのを見ると、時生に柔らかな笑みを向ける。
「皆、いい者だ。心配はいらない」
「は、はい!」
こうして偲が奥の扉に消えるのを、時生は見ていた。すると結櫻が、時生の正面に湯飲みを置き、その対面する席に自分も腰を下ろす。そちらには既に湯飲みがあった。
「お茶とか珈琲とかは、好きに淹れて自由に飲んでいいからね? 別に年功序列で、上役にお茶を用意するというような軍の風習もここにはないから、専ら僕がお茶の係になってるけど」
結櫻はそう言うと、冗談めかして笑った。その気さくな姿に、時生の緊張が少しだけ和らぐ。