社会の勉強をした翌日も、天気予報の通り、日射しが柔らかく暖かかった。
 学習机の前に座り、図鑑を開いている澪のそばに立ちながら、そこに載っている美しい花々の名前を澪と語り合う。すると、澪が言った。

「たまにはお外に行きたい! お花も見たい! もうすぐ冬だから枯れちゃうのだろ?」

 その言葉に、時生は少し思案してから、両頬を持ち上げた。

「そうだね。たまには外の空気を吸うのもいいね。家にばかりいたら、体が衰えてしまうし」

 時生が頷くと、ひょいと椅子から飛び降りた澪が、時生の腕を引っ張る。

「行くぞ! 行くぞ!」
「待って。上着を着てからね」

 時生の言葉に頬を紅潮させて、嬉しそうに澪が頷く。
 澪の部屋のクローゼットを空け、洋装のコートを取り出した時生は、澪にそれを着せ、ボタンを留めていった。子供用の、駱駝色のダッフルコートだ。時生は本日も和装である。

 こうして二人で部屋を出て、小春に出かけると伝えてから、玄関へと向かう。
 座って靴を履く澪を手伝いながら、時生も洋風の品を履く。
 扉を開けて外へと出ると、丁度過ごしやすい気温で、本日は風も無い。

「公園まで行こう」
「うん!」

 澪の小さな手を握り、ゆっくりと時生が歩きはじめる。
 温かな手の温もりが愛おしい。

「公園は、あっちにあるんだ。ブランコがある」
「僕も通りがかったことがあるけど、ジャングルジムもあったね」
「うん! おれ、夏に一番上までのぼれるようになったんだぞ!」
「すごい」

 そんなやりとりをしながら真っ直ぐな道を歩いていく。
 公園にはその後、二番目の角を右折して向かう。住宅地なので家々が並んでいるのだが、とても静かな場所なので、ひと気がない。時生は誰の気配もしないなと考えながら、公園を目指す。その時、やっと一人目の人影が見えた。正面に立っている。風のせいか、ゆらゆらと灰色の洋風の上着が揺れているなと思った時、時生は異変に気づいた。

 風が無いにもかかわらず、灰色の衣がバタバタと揺れている。
 変だなと気づいた時、それがどんどん自分達の方へと近づいてくる事に気がついた。

「っ」

 よく見れば、足が地についていない。比喩ではなく、それは飛んでくる。
 次第にその速度が速くなり、間近に迫った時、時生は目を見開いた。
 その存在は、手に、黒く大きな鎌を持っていたからだ。フードの奥に見える顔は骸骨である。

「時生! 死神だっ!」

 澪が怯えたように叫び、ぎゅっと時生の手を握る。
 鎌が振りかぶられたのはその直後で、時生は澪を抱きしめ、左側に飛び退いた。
 すると直前まで立っていた場所で、鎌が宙を斬った。

 ドクンドクンと心臓の音が耳に障る。ぶわっと冷や汗が吹き出してきた。
 抱きしめている澪が震えているのが分かる。
 顔を向けた時生は、自分が守らなければと、だから怯えている場合ではないと、唇を引き結ぶ。なんとか澪だけでも逃がさなければならない。

 時生にも目視出来るのだから、これが強いあやかしだというのは間違いない。

 以前、偲も狙われることがあると話していた。
 外に出たのは、迂闊だったのかもしれない。偲が澪を外にあまり出さなかったのも、そのせいなのかもしれない。後悔が襲ってくるが、今はそのような場合ではないと、唾液を嚥下し、時生は死神を睨めつける。

「と、時生! お、おれ、おれが……おれが倒してみるから、逃げろ。時生は、破魔の技倆を使えないんだろ?」
「逃げたりしません。澪様をおいていったりしません!」

 そう時生が叫んだ時、再び鎌が振りかぶられる。
 澪がギュッと時生の服を掴む。澪を隠すように庇ってから、なんとか鎌から体を庇おうと、無我夢中で時生は右手を前に出した。

 ――その瞬間だった。

 熱い。掌が熱い。
 時生がそう感じた時、死神に向けた掌から焔のように揺らぐ、青い光が出現した。
 それは一瞬で大きな炎に変化し、襲いかかってきた死神を正面から飲み込んだ。

「っく」

 なにかがごっそりと体から抜け出していく感覚がする。
 そう自覚した時、青い炎が消えた。だがまだ掌のそばには、揺らめく焔がある。
 全身が熱く、滝のように汗をかいており、髪が肌に張り付いてくる。

「時生……破魔の技倆、使えたのか……」

 ぽつりと澪が言った。そちらを一瞥し、状況が分からないままだったが、必死で時生は笑おうとした。

「絶対に僕が守るから、大丈夫だよ」

 安心させたくて、必死だった。