偲が忘れ物をしてから、五日が経過した。
あと三日ほどで、師走になる。
だが、本日は昨日までが嘘のように暖かい。新聞の天気予報を見ると、明日までは暖かいとの話だった。
時生は本日、澪に現代社会を教えている。
「――と、五大財閥と個人商店があるんだよ」
「ふぅん。店、かぁ。俺も店の人に会いたい。お父様は、俺をあんまり買い物に連れて行ってくれないんだ」
「そうなんだ。うーん、お金の使い方も勉強した方がいいけど……まずは、どんな売り手の人がいるか、会ってみるといいかもしれないね」
そう述べた時生は、ふと、朝渉が、今日の午後も八百屋兼万屋の鴻大が来ると話していたことを思い出した。
「澪様、お昼寝の時間、ちょっと遅く出来る?」
「うん。いつも絵本を読んでから寝るから、読まなければいいんだ!」
「そっか。じゃあちょっと、個人商店の人に会ってみる? どんな人が、食べ物の食材を運んできてくれるのかを、知ろうか」
「うん!」
こうして昼食時、時生は澪を鴻大に会わせたいことを、渉に告げた。
すると渉は笑顔で頷いた。
「いいんじゃないか? 社会勉強だな!」
「うん!」
澪が元気に頷く。
すぐに話はまとまり、三人でそのまま鴻大の来訪を待つことになった。
午後の一時を少し過ぎた頃、勝手口の戸が開いた。
「ちわーっす。鴻大屋だ」
入ってきた鴻大を、出迎えた時生は見上げる。彼は本当に長身で、肩幅も広く、筋骨隆々としている。本日も腰には布を巻いている。
「ん? おろ? お坊ちゃま? か?」
「うん! おれは礼瀬澪だ! よろしく!」
「わぁ、俺は旦那様にもご挨拶がまだなんだが、先に坊っちゃんにお会いするとは――光栄です、鴻大です」
ニコリと笑って、鴻大が屈む。それから右手を差し出した。
すると少し首を傾げて考えるようにしてから、澪がその手を握った。
「これか? 握手? おれ、合ってる?」
「合ってますよ。宜しくお願いします」
きゅっと手を握ってから、鴻大が手を離す。それから楽しそうな顔をすると、右手を伸ばす。そして澪の首へと手を近づける。時生が何気なく見ている前で、鴻大は澪の首に、握るように触れた。そのまま、数秒が経過する。なんだろうかと時生が思っていると、鴻大が不意に澪の首の下をくすぐり始める。
「わっ、やめろ! くすぐったい! わー!」
「坊っちゃん、無防備にしてるとこういう目に遭うんだぞ?」
「くすぐったい! くすぐったい!」
澪が笑っている。楽しそうなその声に、鴻大は子供好きなのだろうかと時生は考えた。これならば、勉強にも付き合ってくれるだろうと考える。
「鴻大さん。実はお店の仕組みを教えて欲しいんです」
「んー? どういう事だ?」
「澪様の勉学の一環です」
「なるほど」
頷いた鴻大は、それから澪を見ると、非常に分かりやすく、顧客から注文を取り、それらの品をどのように手に入れ、配達していくかや、金銭のやりとりについて噛み砕いて教えてくれた。澪は興味津々な様子で聞いている。
「――まぁ、今の時期なんかは、そろそろ年末年始の品を頼まれ始めてるな。冬は何かと入り用だ」
そう言ってまとめた鴻大に、時生は深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「いやいや、こちらこそいつもご贔屓にして頂いてるからな。このくらい、なんということはないさ」
ニカッと笑い、それから鴻大が、戸口へと振り返る。
「じゃあそろそろ仕事を実演するとしますか。荷を運ばなければな。渉!」
「はーい!」
こうして本日も荷を下ろす仕事が始まったのだが、今日は時生は頼まれていなかったこともあり、澪を連れて部屋へと戻った。本日は、お昼寝にもつきそうことになっている。
澪は布団に入ると、すぐに眠ってしまった。
柔らかい髪の毛を、隣に寝転んで時生が撫でる。本当に愛らしい寝顔だなと考えた。
あと三日ほどで、師走になる。
だが、本日は昨日までが嘘のように暖かい。新聞の天気予報を見ると、明日までは暖かいとの話だった。
時生は本日、澪に現代社会を教えている。
「――と、五大財閥と個人商店があるんだよ」
「ふぅん。店、かぁ。俺も店の人に会いたい。お父様は、俺をあんまり買い物に連れて行ってくれないんだ」
「そうなんだ。うーん、お金の使い方も勉強した方がいいけど……まずは、どんな売り手の人がいるか、会ってみるといいかもしれないね」
そう述べた時生は、ふと、朝渉が、今日の午後も八百屋兼万屋の鴻大が来ると話していたことを思い出した。
「澪様、お昼寝の時間、ちょっと遅く出来る?」
「うん。いつも絵本を読んでから寝るから、読まなければいいんだ!」
「そっか。じゃあちょっと、個人商店の人に会ってみる? どんな人が、食べ物の食材を運んできてくれるのかを、知ろうか」
「うん!」
こうして昼食時、時生は澪を鴻大に会わせたいことを、渉に告げた。
すると渉は笑顔で頷いた。
「いいんじゃないか? 社会勉強だな!」
「うん!」
澪が元気に頷く。
すぐに話はまとまり、三人でそのまま鴻大の来訪を待つことになった。
午後の一時を少し過ぎた頃、勝手口の戸が開いた。
「ちわーっす。鴻大屋だ」
入ってきた鴻大を、出迎えた時生は見上げる。彼は本当に長身で、肩幅も広く、筋骨隆々としている。本日も腰には布を巻いている。
「ん? おろ? お坊ちゃま? か?」
「うん! おれは礼瀬澪だ! よろしく!」
「わぁ、俺は旦那様にもご挨拶がまだなんだが、先に坊っちゃんにお会いするとは――光栄です、鴻大です」
ニコリと笑って、鴻大が屈む。それから右手を差し出した。
すると少し首を傾げて考えるようにしてから、澪がその手を握った。
「これか? 握手? おれ、合ってる?」
「合ってますよ。宜しくお願いします」
きゅっと手を握ってから、鴻大が手を離す。それから楽しそうな顔をすると、右手を伸ばす。そして澪の首へと手を近づける。時生が何気なく見ている前で、鴻大は澪の首に、握るように触れた。そのまま、数秒が経過する。なんだろうかと時生が思っていると、鴻大が不意に澪の首の下をくすぐり始める。
「わっ、やめろ! くすぐったい! わー!」
「坊っちゃん、無防備にしてるとこういう目に遭うんだぞ?」
「くすぐったい! くすぐったい!」
澪が笑っている。楽しそうなその声に、鴻大は子供好きなのだろうかと時生は考えた。これならば、勉強にも付き合ってくれるだろうと考える。
「鴻大さん。実はお店の仕組みを教えて欲しいんです」
「んー? どういう事だ?」
「澪様の勉学の一環です」
「なるほど」
頷いた鴻大は、それから澪を見ると、非常に分かりやすく、顧客から注文を取り、それらの品をどのように手に入れ、配達していくかや、金銭のやりとりについて噛み砕いて教えてくれた。澪は興味津々な様子で聞いている。
「――まぁ、今の時期なんかは、そろそろ年末年始の品を頼まれ始めてるな。冬は何かと入り用だ」
そう言ってまとめた鴻大に、時生は深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「いやいや、こちらこそいつもご贔屓にして頂いてるからな。このくらい、なんということはないさ」
ニカッと笑い、それから鴻大が、戸口へと振り返る。
「じゃあそろそろ仕事を実演するとしますか。荷を運ばなければな。渉!」
「はーい!」
こうして本日も荷を下ろす仕事が始まったのだが、今日は時生は頼まれていなかったこともあり、澪を連れて部屋へと戻った。本日は、お昼寝にもつきそうことになっている。
澪は布団に入ると、すぐに眠ってしまった。
柔らかい髪の毛を、隣に寝転んで時生が撫でる。本当に愛らしい寝顔だなと考えた。