時生は狼狽えながら、ついていった。
「偲様!」
「ん? どうかしたか?」
「ぼ、僕、お金を持っておりませんし……」
「ああ、気にすることはない。元々、時生に合う品を買おうと思い立ったのは俺だ。俺が支払う」
「えっ、いやそのように買って頂くわけには……」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと考えて、慌てて時生が首を振る。
「――それでは、給金から天引きするとしようか?」
「え? お給金ですか……? それこそ、そんなものは、頂けません。僕はただでさえ、家に住まわせていただいているのに……」
「まだ伝わっていないようだが、時生はきちんと『澪の世話をする』という仕事を担ってくれているのだから、給金だってきちんと払う。住居もまた、住み込みは条件の一つと受け取ってもらって構わない」
「で、でも……」
「時生。そう、気を遣わなくていい。ほら、こちらの着物などどうだ?」
偲が喉で笑ってから、展示されていた着物を視線で示す。
過去、真新しい着物を身につけた事などなかった時生は、目を丸くする。
「試着してみたらどうだ? 気に入ったら、丈を直してもらおう」
「……」
「この色は気に入らないか?」
「……いえ。とっても綺麗だと思います」
偲の勧めで時生はこの日、普段着や寝間着をはじめ、様々な着物を身につけた。
それらを見ていた偲が、店主を呼ぶ。
「ここにある品を全て頼む」
「畏まりました」
「えっ」
まさか全て購入するとは思ってもおらず、呆気にとられて時生は声を上げる。
すると時生を不思議そうに偲が見た。
「必要だろう? いつまでも丈の合わない俺の服を着ているわけにもいくまい」
それを耳にし、これまで身につけていた品が、偲のものだったことも、時生は初めて知った。呆然としている内に、偲に促され店主に誘われて、時生は奥の部屋で背丈などを測定される。そうしていると時間があっという間に過ぎていく。
「それでは、こちらは後日礼瀬様のお宅にお届け致しますね」
「ああ、頼む」
会計後に偲は店主にそう答えてから、すたすたと店を出て行く。まだ焦ったままで、時生はその後を追いかけた。
「し、偲様……」
「ん?」
「……ありがとうございます」
「構わない。さて、次も難題だ」
「え?」
「澪への土産だ。何を買ったものか」
そう言って笑う偲の表情は、とても優しい。その姿を見ていたら、時生の気が少しだけ楽になった。
「澪様は、今は言葉のお勉強をしているから、カルタなどいかがですか?」
ふとした思いつきを時生が語ると、偲が両頬を持ち上げた。
「よいな。そうしようか。確かに買ったことがない」
偲が同意し、それから二人は玩具店を探して歩きはじめる。
隣を進みながら、時生は尋ねる。
「偲様ご自身は、何が欲しくて、本日はお買い物へ?」
「うん? 俺は、時生の服を買おうと思って外へ出たんだ。つまり、時生用の品が欲しかったと言うことだな。見て満足だ」
「!」
驚いた時生は、胸に温かいものがこみ上げてきた気がした。
荷物持ち役でもなんでもなかったという事実、本当に自分のためだけに来てもらい、様々なことを慮ってもらい、己のことを思い考えてもらっているということが、どうしようもなく温かく感じ、嬉しさと困惑が綯い交ぜの胸中となる。
「ああ、あそこに子供向けの店があるな」
「……偲様」
「なんだ?」
「本当にありがとうございます」
時生が必死に礼を告げると、顔を向けた偲が小首を傾げながら立ち止まり、柔らかく笑った。そしてぽんと手を時生の頭におく。二度叩いてから、瞬きをした。
「俺がしたくてしていることだ。なにも気にするな。ほら、行こう」
「……はい」
偲の厚意を受け止め、働くことで報いたいと感じる。
時生は歩き出した偲とともに玩具店へと入った。
なお、帰宅しカルタを渡した結果、澪は大喜びしたのだった。
「偲様!」
「ん? どうかしたか?」
「ぼ、僕、お金を持っておりませんし……」
「ああ、気にすることはない。元々、時生に合う品を買おうと思い立ったのは俺だ。俺が支払う」
「えっ、いやそのように買って頂くわけには……」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと考えて、慌てて時生が首を振る。
「――それでは、給金から天引きするとしようか?」
「え? お給金ですか……? それこそ、そんなものは、頂けません。僕はただでさえ、家に住まわせていただいているのに……」
「まだ伝わっていないようだが、時生はきちんと『澪の世話をする』という仕事を担ってくれているのだから、給金だってきちんと払う。住居もまた、住み込みは条件の一つと受け取ってもらって構わない」
「で、でも……」
「時生。そう、気を遣わなくていい。ほら、こちらの着物などどうだ?」
偲が喉で笑ってから、展示されていた着物を視線で示す。
過去、真新しい着物を身につけた事などなかった時生は、目を丸くする。
「試着してみたらどうだ? 気に入ったら、丈を直してもらおう」
「……」
「この色は気に入らないか?」
「……いえ。とっても綺麗だと思います」
偲の勧めで時生はこの日、普段着や寝間着をはじめ、様々な着物を身につけた。
それらを見ていた偲が、店主を呼ぶ。
「ここにある品を全て頼む」
「畏まりました」
「えっ」
まさか全て購入するとは思ってもおらず、呆気にとられて時生は声を上げる。
すると時生を不思議そうに偲が見た。
「必要だろう? いつまでも丈の合わない俺の服を着ているわけにもいくまい」
それを耳にし、これまで身につけていた品が、偲のものだったことも、時生は初めて知った。呆然としている内に、偲に促され店主に誘われて、時生は奥の部屋で背丈などを測定される。そうしていると時間があっという間に過ぎていく。
「それでは、こちらは後日礼瀬様のお宅にお届け致しますね」
「ああ、頼む」
会計後に偲は店主にそう答えてから、すたすたと店を出て行く。まだ焦ったままで、時生はその後を追いかけた。
「し、偲様……」
「ん?」
「……ありがとうございます」
「構わない。さて、次も難題だ」
「え?」
「澪への土産だ。何を買ったものか」
そう言って笑う偲の表情は、とても優しい。その姿を見ていたら、時生の気が少しだけ楽になった。
「澪様は、今は言葉のお勉強をしているから、カルタなどいかがですか?」
ふとした思いつきを時生が語ると、偲が両頬を持ち上げた。
「よいな。そうしようか。確かに買ったことがない」
偲が同意し、それから二人は玩具店を探して歩きはじめる。
隣を進みながら、時生は尋ねる。
「偲様ご自身は、何が欲しくて、本日はお買い物へ?」
「うん? 俺は、時生の服を買おうと思って外へ出たんだ。つまり、時生用の品が欲しかったと言うことだな。見て満足だ」
「!」
驚いた時生は、胸に温かいものがこみ上げてきた気がした。
荷物持ち役でもなんでもなかったという事実、本当に自分のためだけに来てもらい、様々なことを慮ってもらい、己のことを思い考えてもらっているということが、どうしようもなく温かく感じ、嬉しさと困惑が綯い交ぜの胸中となる。
「ああ、あそこに子供向けの店があるな」
「……偲様」
「なんだ?」
「本当にありがとうございます」
時生が必死に礼を告げると、顔を向けた偲が小首を傾げながら立ち止まり、柔らかく笑った。そしてぽんと手を時生の頭におく。二度叩いてから、瞬きをした。
「俺がしたくてしていることだ。なにも気にするな。ほら、行こう」
「……はい」
偲の厚意を受け止め、働くことで報いたいと感じる。
時生は歩き出した偲とともに玩具店へと入った。
なお、帰宅しカルタを渡した結果、澪は大喜びしたのだった。