――これはいったいどういうことでしょう。


次に目が覚めたら、なせだか真横にハルの寝顔があった。


整った眉毛に、長いまつ毛。

白い肌に、寝ているときは少しアヒル口になる唇。


ハルの気持ちよさそうな寝顔が好きで、ハルとお互いの家に泊まりにいったときや、修学旅行の夜など、わたしはハルが先に寝たのを確認してこの寝顔を見ていたっけ。


まさか、こっちにきてもハルの寝顔を見れるなんて幸せ――。

……って違う!


わたしははっとして起き上がった。


見ると、それはわたしの布団の隅で横になって眠る光晴様だった。


「こっ、光晴様…!」


ここは阿部家屋敷のわたしの部屋のようだけど…。

なな、なんで…光晴様が!?


わたしの声で起こしてしまったのか、光晴様がゆっくりとまぶたを開けた。


「…しまった。いつの間にか眠ってしまった」


そう言って、光晴様は目をこすりながら体を起こす。

そして、そばにいたわたしと目が合った。


――そのときの光晴様の顔といったら。

口を小さくぽかんと開けて、驚いたように目を丸くしていた。


ふと、その目の端に朝日に照らされたなにかがキラリと輝いたように見えた。


「目覚めたのだな…」

「…え?あ…はい。わたし、寝過ごしてしまったでしょうか」


その瞬間、光晴様が強くわたしを抱きしめたのだった。

突然のことで、わたしは困惑しながらも顔を真っ赤にさせる。


「…光晴様、どうなされたのですか」

「なにも言うな。今だけはこうさせろ」


意味がわからなかったけど、わたしは光晴様に言われるがまま抱きしめられたのだった。



その後、あの夜のことを詳しく聞かされた。


驚いたことに、わたしはあの日から5日間も眠り続けていたらしい。

あのとき、女狐の爪で負わされた毒が原因で。


わたしにとってはつい昨夜のことのように感じていたけど、そんなに日がたっていたなんて…。


ここへきてわたしに仲よくしてくれた花江さんは、わたしが見たとおり女狐のあやかしだった。

本物の花江さんと成り代わって、光晴様の命を狙いに花嫁候補の中に紛れ込んでいたのだ。


本当の大山田花江さんは、おそらくここへくる道中で女狐の襲撃にあったのだろうと。

光晴様は、それより先のことは話さなかった。


わたしからあやかしの匂いがしたのも、わたしが一番花江さんといっしょにいる時間が長かったから。


女狐は自分から発する匂いを消せても、わたしは自身についた女狐の匂いは消すことができない。

本来なら、異能者でも見落とすくらいのわずかな匂いらしいのだが、光晴様ともなれば近づいたらすぐにわかるらしい。


『隠しても無駄だ。お前からあやかしの匂いがするぞ』


だから、光晴はわたしがあやかしではないかと疑ったのだ。

そして、わたしを攻撃しようとした直前、背後から殺気を感じて襖に向かって異能の技を放ったのだった。


あやかしの匂いがついたわたしが夜伽のときであれば、女狐は自分の匂いも紛れるとでも思ったのだろう。

そうして、あの夜あの部屋に忍び込んだ女狐は、最終的には光晴様の手によって滅せられた。


「さすが光晴様ですね。本当にわたしは足手まといでしかなかったのですね」


むしろ、わたしが邪魔で光晴様は本来のお力を発揮できなかったのかもしれない。

高宮の家でもそうだったけど、ここへきてもわたしはなんの役にも立たない。


そう思っていたら――。


「なにを言う。お前がいなければ、俺は今頃ここにいなかったかもしれない」


思いも寄らない言葉と、今までに見たことのない光晴様のやさしいお顔に、わたしは思わずドキッとした。


「あのとき、俺は不覚にも女狐の片割れの体が動き出していることに気づいていなかった。お前が俺を庇っていなかったら、きっと俺は背後から急所を一突きにされていたことだろう」


…それって。

わたしが、光晴様をお守りしたということ…?


あのときは無我夢中で。

でも、ハルに危険が迫っているとわかって、交通事故のときと同様に勝手に体が動いた。


自分はどうなってもいいと思って身を投げ出したけど――。


「光晴様のこのようなお顔を見ることができて、今回は生きていてよかったです」


わたしが微笑むと、急に光晴様が顔を赤くした。


「…なっ。なにを言い出すかと思えば…!それに、“今回”とはなんだ。まるで、一度死んだかのような言い方」

「あ…、えっと。そこは聞き流してください…」

「おかしな娘だな。それに一応言っておくが、お前は死んでいたとしてもおかしくない傷だったのだからな」


改めて聞くと、わたしは女狐により相当な深手を負っていたらしい。

今ではそんなことがまるで嘘かのように体に傷跡も残っていないけど、これは光晴様が治癒の異能で治してくださったのだそう。


「そばにいたのが俺でなければ、とっくに死んでいたぞ。なぜ異能も持たないお前があんな無茶をした!」


光晴様の言う通り、たしかに無茶だ。

でも異能がないからこそ、わたしにはああするしか方法はなかったから。


「無茶をしてしまい、光晴様のお手を煩わせてしまい…申し訳ございませんでした」


無力の自分が恥ずかしく、わたしは深々と頭を下げる。


「ただ、…好きな人を守りたい。あのときのわたしの頭の中にはそのことしかありませんでした」


ハル…の生き写しのような光晴様を守りたい一心だったから――。


だけど、そこで気づいた。

わたしってば、なんということを…!


ハルのことを思い出して“好きな人”と言ったけれど、今わたしの目の前にいる人はハルと顔がそっくりなだけでハルではない。

まるで、わたしが光晴様のことを好きみたいな言い方――。


おそるおそる顔を上げると、わたしを見つめていた光晴様と目が合った。

するとすぐに、無言でそっぽを向かれた。


…やっぱり、引かれた!


でもそのとき、わたしはあることに気がついた。


「光晴様、お顔が…」


わたしはそっと光晴様の頰に手を添えた。


目が少し充血していて、よく見たらクマも出ている…?

少し疲れたようにも見えるけど、…これって寝不足の症状?


「もしかして…光晴様、ずっとわたしのそばで看病を――」

「勘違いするな。ただの罪滅ぼしだ。お前のためではない、俺自身のためだ」


そう言い張る光晴様だけど、なぜかその顔は赤かった。



その日から、わたしと光晴様の関係が変わっていった。

前までは冷たくあしらわれていたけど、わたしを見かけるたび光晴様は声をかけてくださるように。


「なぜ部屋から出歩いている!」

「…えっ。ちょっと花の水を替えに――」

「そんなもの、屋敷の者に言いつければいいだろう!お前はまだ病み上がりなのだから、部屋で寝ていろ」


これまでなら、俺の視界に入るなと言われそうなところだけど。

言い方はまだ角があるけれど、光晴様のやさしさが垣間見えているように感じる。


そして、光晴様との関係で一番驚いたのが夜伽だ。


なんと、花嫁候補を順に夜伽にあてるのではなく、毎晩わたしが部屋に呼ばれるようになったのだ。

屋敷の方が言うには、光晴様の命令らしい。


ただ、夜伽といっても他愛のない話をするだけ。


ハルは動物全般が好きで、よくいろいろな動物に関する豆知識や雑学を聞いてもいないのに教えてくれた。

そのおかげで、わたしもだいぶ詳しくなった。


ハルから教えてもらった動物のことを光晴様に語ると、ものすごく興味を持ってくださった。

ハルの生き写しのようだから、趣味嗜好も同じなのだろうか。


毎晩毎晩、わたしの話を聞くの楽しみにしてくださっていた。


そして、夜が更けるとなにをするわけでもなくいっしょの布団で眠るだけ。

わたしはそんなハルそっくりの光晴様の寝顔を間近で見ることができて、毎日夜がくるのを楽しみにしている。


でもやはり、他の花嫁候補たちはわたしのことをよくは思っていないようで――。


「どうして無能の“顔だけ”のあなたが、光晴様直々に夜伽に呼ばれるっていうの!?」

「どんな色目を使ったのか、さっさと教えなさい!」


会えば嫌みを言われることは日常茶飯事となっていた。

しかし、そういうときに限って光晴様は颯爽と駆けつけてくださる。


「名家の娘とあろう者が見苦しいぞ。どれほど顔に自信があるかは知らんが、心が荒んでいては滑稽だな」


そうして、わたしを悪意の声から守ってくださるのだ。


実は、光晴様がすぐにきてくださるのには理由があって、わたしの周りには常に光晴様の式神の折り紙の鳥がついて回っている。

また変なあやかしにつきまとわれないようにといって、光晴様がわたしに付けてくださった。


花嫁候補として阿部家の屋敷に住まう2ヶ月の期間も、気づけばあと10日ほどとなっていた。

はじめは30名いた花嫁候補だが、途中で追い出された者もいて、今ではわたしを含め9名となっていた。


残った花嫁候補は、光晴様の態度から自分は選ばれたないとすでに諦めた者が半数。

なんとしてでも光晴様の妻にと、今からでも巻き返しを狙う根性のある者が半数といったところだ。


しかし、光晴様はそんな花嫁候補には一切見向きもせず、最近は日中にわたしの部屋へと通ってくださるようにもなった。


「珍しい菓子を手に入れたぞ。お前にも分けてやろう」

「1人では蹴鞠もおもしろくない。相手をしろ」

「庭の木々が色づき始めたから、お前も見にくるがいい」


などなど、なにかと理由をつけてやってきてくださる。

今日の光晴様は、異国の書物を持ってこられた。


「文字は読めないが、書物の所々に絵がある。それでなんとなくだが想像はできる」


光晴様が見せてくださったのは、外国のなにかの物語のようだった。

驚いたことに、英語で書かれてあった。


「えっと…、A long time ago――」


わたしが本を見て読み出すと、光晴様はぎょっとしてわたしのことを凝視していた。


「…読めるのか!?」

「は、はい。全部はわからないかもしれませんが、だいたいなら」


英語は全教科の中でも得意なほうではあったから。


「続きを読んで聞かせろ」


光晴様の要望でわたしは物語の英字を読みつつ、そのあとに訳して光晴様に伝えた。

光晴様はものすごく興味を持ってくださって、食い入るようにわたしの訳すお話を聞かれた。


子宝に恵まれない夫婦のところへ、星に乗って男の子がやってきて、その男の子が冒険するストーリーのようだ。


「…星に乗って子どもがやってくるとは、どういう現象だ?」

「そこは物語ですので、そういうものだとお思いください」


真面目に考えては不思議そうに首をかしげる光晴様がとてもかわいらしく思えた。


その日はとても過ごしやすい陽気で、ぽかぽかとした暖かい太陽の日差しが降り注いでくる。


「男の子は森を抜け…、少し歩いてい…くと……」


あまりにも気持ちよすぎて、わたしは無意識にうとうととしてしまっていた。


いけない、いけない。

光晴様が聞いてくださっているというのに。


目をカッと見開け、続きを読もうとした――そのとき。

なにかがわたしの肩に触れた。


顔を向けると、なんと光晴様の寝顔があった。

まさかとは思ったけど、光晴様がわたしの肩に寄りかかって眠っていた。


美しすぎる寝顔が間近にあり、その安心しきった無防備な表情にわたしはドキッとしてしまった。


「こ…、光晴様…!」


起きてもらおうと声をかけみたけど、光晴様には聞こえていないようだった。


気持ちよさそうに眠られているし、起こしてしまうのも悪い…。


わたしは光晴様が自然と目を覚まされるまで、そのまま見守っていた。


その物語はなかなか分厚い本で、1日2日で読めるような内容ではない。

だから、光晴様は物語の続きを聞きに、毎日わたしの部屋を訪れるようになった。


でも光晴様もお忙しいのに、わざわざきてもらうのも次第に気が引けてきた。

そこで、わたしは訳した内容を紙に書いて、それを光晴様に渡すことにした。


そうすれば、光晴様は好きなときに読み返すことができるから。

とてもいいアイディアだと思ったのに――。


「こんなものはいらぬ」


なぜか断られてしまった。


「で…ですが、そうすればお忙しい中わたしのところへこなくとも――」

「なんだ?俺がきたら迷惑か?」

「…い、いえ!決してそういうわけではごさいません…!」

「だったら、これまで通りでいいだろう。忙しかろうとなんだろうと俺が会いにきたいんだ、お前に」


…えっ。


「光晴様、それはどういう…」

「い…、いいから!とにかく、この話の続きは今宵聞く」


光晴様は顔を真っ赤にさせて、わたしの部屋から出ていった。


『忙しかろうとなんだろうと俺が会いにきたいんだ、お前に』


今の…、聞き間違いじゃないよね?

光晴様が、…わたしのことを?


わたしの胸がキュンと締め付けられた。


今晩、たくさん光晴様に読み聞かせできるように、なるべく訳せるようにしておこう。

わたしは今夜の夜伽を楽しみに読書にふけっていた。



夢中になって読んでいると、気づいたら西の山に太陽が沈みかけていた。

そろそろ夜伽の支度をしなくては。


と思ったとき、体に異変を感じた。


体の中がじわじわ熱くなって、柔らかな体が徐々に筋肉質になって――。

これは、男体化だ…!


まさか、今日は新月なの…!?


『この話の続きは今宵聞く』


…光晴様とお約束したのに。


わたしはうずくまって『止まれ、止まれ』と唱えてみるが、そんな戯言が効くはずもない。

次第に髪も短くなっていく。


そのうち、屋敷の方が呼びにくる。

そのときに、こんな姿を見られたら――。


…ううん、そうじゃない。

こんな姿、光晴様だけには知られたくない。


でも、わたしにはどうすることも…。


ふと顔を上げると、光晴様の式神の折り紙の鳥が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。

この式神は、光晴様がわたしの居場所を把握するために付けている。


それに式神が見たもの聞いたものは、すべて光晴様に伝えられる。

だから、この式神に見られるわけにもいかない。


わたしは、目についた籠を手に取ると式神の上に被せ、その上から重しとして文鎮を乗せた。

中で式神がバタつく音が聞こえる。


「…ごめんね、こんなことして。でも…許して」


わたしは胸を痛めながらも閉じ込めた式神をその場に残し、そっと部屋を抜け出した。


日が暮れ、外は闇に包まれた。

すでにわたしは男の体になっているため、良くも悪くも屋敷の塀を力だけでよじ登ると、だれにも気づかれることなく屋敷から逃げ出した。


わたしが男になると知られれば、どちらにしても屋敷にはいられない。

ならば、光晴様に知られることがないようにこうして逃げるしかなかった。


行く宛などない。

だけど、なるべく屋敷から遠くへ。


木々が鬱蒼としていてさらに暗い森の中をわたしは裸足のまま駆けていた。


――どれくらいたっただろうか。


「…キャーーーーー!!!!」


しんと静まり返っていた森の中に、突然女性の悲鳴が聞こえた。

思わず心臓がドキッと跳ねる。


「…な、なんだろう」


気になったわたしは、声がするほうへと行ってみることにした。


少し歩くと、木々の間から明かりが漏れていた。


茂みに身を隠しながらそっと覗いてみると、地面に燃えている提灯を見つけた。

そしてその傍らには、1人の女性が倒れていた。


とっさに駆け寄ろうとしたけれど、その直後に目に入ったものにわたしは思わず足がすくんだ。

なんと、倒れる女性の首元になにかがむしゃぶりついていた。


燃える提灯の陰になって見えづらかったが、目を凝らすとそれは大柄の鬼だった。

屏風に描かれた風神雷神のようなゴツゴツとした体格に、逆だった髪からは角が生え、牙が見える口元は血で汚れていた。


鬼が…、人を食っている…!!


「…ひっ」


突如として恐怖に駆られ、わたしは思わず小さな悲鳴を漏らしてしまった。


「ナンダ?ソコニダレカイルノカ?」


すぐさま鬼がギョロリとした大きな目をわたしに向けた。

同じあやかしといっても女狐なんかよりも迫力のあるその姿に、わたしはその場から逃げることすらできなくなっていた。


「オトコ…?イヤ、ウマソウナオンナノニオイガスルゾ」


鬼は食らっていた女性の体をその場に残すと、徐々にわたしに向かって近づいてきた。

恐怖で縛られたわたしは、体が言うことを聞いてくれない。


鬼がわたしに向かって鋭い爪のついた大きな手を振り下ろす。

その直前、ようやく我に返ったわたしは間一髪のところで鬼の攻撃を避けた。


…殺される!


わたしは必死になって鬼から逃げ出した。

しかし、鬼も後ろから追ってくる。


きっと女の体だったらとっくに捕まっていただろうけど、まだ体力のある男の体で必死に走る。


――ところが。


「あっ…」


暗闇の中裸足で逃げていたせいで、わたしは角の尖った石を思いきり踏み、その拍子で転んでしまった。

足の裏からは血が流れ、激痛が走る。


「カンネンシロ。コレガオマエノウンメイダ」


追いついた鬼が、裂けそうなくらい口角を上げ不気味に笑う。


これが…わたしの運命――。


ハルを庇って死んで、気づいたら翡昭之國というところで高宮佳月として転生していた。

家族からは虐げられてきた日々。


そんな中、阿部光晴様の花嫁候補として阿部家の屋敷呼ばれ――。

でも、そこでも他の花嫁候補たちからは蔑まれ、唯一仲よくしていた花江さんは女狐が化けていた偽物だった。


客観的に見ると、誇れるような人生でなかったかもしれない。


だけどそんな中、ハルの生き写しのお姿をした光晴様と偶然にも心を通わせることができた。

…と思っているのは、わたしだけだろうけど。


初めは言葉も態度も冷たかったけれど、徐々に柔らかくなってきて、わたしにやさしくしてくださる。

そんな光晴様に、わたしは自然と惹かれていた。


だから、前世では成し遂げることができなかったハルといっしょにやりたいことができるんじゃないかと思っていた。

それが、ハルを守って死んだわたしにご褒美として与えられた運命かなと。


だけど、わたしの運命――ここまでなんだね。


わたしはすべてを受け入れて、ゆっくりと目をつむった。


――そのとき!


「グワァァァァァアアアア!!!!」


突然、ものすごいうめき声が聞こえて目を開けると、目の前で鬼が炎に包まれて悶え苦しんでいた。

状況が理解できず、わたしは呆然としていた。


すると――。


「俺との約束を破るとは、いい度胸だな」


そんな声が聞こえたかと思ったら、後ろから伸びてきた腕にわたしはそっと抱きしめられていた。

振り返ると、闇夜に映える光晴様の横顔があった。


「少しだけ待ってろ。今ゴミを片付ける」


そう言うやいなや、光晴様は鬼に鋭い視線を向ける。

光晴様が左右に腕を払うたび、鬼の体にまとわりつく炎の火力が増していき――。


あっという間に、大柄だった鬼が灰となって消えてしまった。


す…、すごい。


その力に圧倒されたわたしはぽかんとしていた。

しかしすぐにはっとして、わたしを後ろから抱きしめていた光晴様を拒む。


「こ、光晴様…!離れてください!」

「急にどうした」

「お願いですから、…今すぐ目をつむってください!わたしのことを見ないでください…!」


その声も低くて、わたしは今の自分が嫌で仕方なかった。


…見られてしまった。

知られてしまった、光晴様に…わたしの秘密を。


「…こ、こんな姿、光晴様には――」


そう発したわたしだったけど、すぐにその口を塞がれた。


驚いて目を見開けると、目の前にはまぶたを閉じるハルの顔が――。


…違う。

これは光晴様だ。


「な…、なにをするのですかっ」

「お前こそ、なにを恥ずかしがっている。姿がなんだ。どんな姿になっていようと、佳月は佳月だろう」


わたしから顔を話して、微笑む光晴様と目が合った。

わたしの心臓、壊れちゃうんじゃないかと思うくらい…すごい速さでドキドキしてる。


それに、今――初めてわたしのことを“佳月”と呼んでくださった。


『和樹!』


ハルがわたしを呼んでくれたときの声と重なって、思わず涙があふれた。


「光晴様は、気味悪がられないのですか…?わたしが…男の体になっているというのに」

「俺は陰陽師として、これまで説明のつかないようなことをこの目でごまんと見てきた。今さら、女が男になるくらいで驚きはしない」


わたしのほうが逆に驚いてしまった。

こんなわたしを光晴様はやさしく抱きかかえてくださったのだ。


「今宵、俺のところにこなかったのはこれが原因か」

「…はい。新月の夜だけ、このような姿になってしまうのです…」


こんなこと、家族以外に話したことはなかったけど――。

光晴様はすべてを受け入れてくださった。


それがわかったとたん、わたしの心の中に温かいなにかが芽生えたような気がした。


「逃げることは絶対に許さん。俺は、お前がそばにいてくれたらそれでいいんだ」

「光晴様…」


――その言葉、ハルも言ってくれた。


『俺は、お前がそばにいてくれたらそれでいいんだ』


光晴様は、見た目や声がハルと同じというだけではない。

その心も、やさしいハルそのものだった。


「佳月、一生幸せにする。だから、俺の妻になれ」


わたしを抱きかかえたまま熱いまなざしを送ってくる光晴様に、わたしの胸がドキッと跳ねた。

今は正真正銘男の姿だというのに、そんなわたしにそのようなもったいないお言葉――。


「姿など関係ない。俺はお前に惹かれているんだ」


光晴様は、まるでわたしの心を見透かしたかのようにフッと笑ってみせる。

その表情を見て、わたしも自然と笑みがこぼれた。


「お前以外、なにもいらない。俺に愛される覚悟はできているか?佳月」

「はい。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いします」


そうして、わたしたちは暗闇の中でそっとキスをしたのだった。



Fin.