妖帝はごくん、と全て飲み終える。最初は何でもない風だったが、だんだんと頬が紅潮してきた。息が荒くなっていき、途端に怜司に噛みつこうとした。怜司が指示をすると、部下たちが妖帝を取り押さえた。
「やはり妖だったか……このバケモノめ!」
 怜司はどこか嬉しそうに言うと腰に差していた刀を抜刀した。刃が光に反射して怜司は妖帝の前で構えた。しかし妖帝はとてつもない力で部下たちを吹き飛ばした。周囲に悲鳴が上がる。屋敷の前から逃げ出した者もいた。
 妖帝は怜司に近付き、刀をそのまま掴んだ。ぼた、ぼた、と血が落ちていく。
「妖帝様……お願い! 我に返って!」
 雨音は思わず妖帝に思いっきり抱きついた。
 すると大きな光に包まれる。光は辺りを一斉に照らした。
「……なんだ、この力は……まさか、これは!」
 怜司の戸惑った声が最後だった。
 雨音は光の中で妖帝と抱き合っていた。
(ありがとう、雨音。君ならこうしてくれると信じていた)
(……いいえ。妖帝様、私ずっと思っていたの。私、あなたにどこかで会ったことあるような気がする)
 心の中でそんな会話を二人はした。

 あれから怜司たちを含める邪鬼討伐隊は撤退した。怜司は悔しそうな顔で「また絶対に来る」と言っていたが、それからしばらく現れることはなかった。
 雨音は翌日、懐に原稿を入れていた。原稿の中身は昔書いた小説を一字一句覚えていて書き直した。
「妖帝様、ごきげんよう」
 雨音は妖帝の屋敷に訪れた。二階の部屋で妖帝は執務机に座りながら船を漕いでいた。
「……妖帝様──否、蔦見千尋」
 その名を口にすると妖帝はぴくりと瞼を上げた。
「……いつから気付いていた?」
「二人で抱き合った時から……〝花少女〟の不思議な力を感じて? それと──妖帝様、私と初めて出会った時に〝僕の蜜少女〟って言った」
「はは、聞き逃してなかったのか。ああ。つい、蜜少女の主人公のような君を見て暴走した。〝職業病〟だよ」
「──ずっと貴方が好きでした。ずっと、ずっと」
 雨音は思ったよりあっさりと自分の想いを口にできた。
「私の思いの丈の原稿を見て欲しいんです」
 雨音は懐から原稿を広げて取り出した。妖帝こと蔦見はふっと穏やかに笑うと、雨音の手をそっと取った。
「僕の書斎に案内するよ」
 雨音は蔦見の書斎の中へ消えた。
 そのあとの二人の姿は、花里雨音という作家の小説に描かれている。

【完】

あとがき
この作品は短編コンテスト用に作った長編化を想定した短編になります。
反帝国軍組織〝霧雨〟についてとか、たくさん書きたいものがあったのですが文字数の規定もありここまでとなりました。
長編化する機会がありましたらぜひ続きを書きたいと思っています。
ここまで拝読ありがとうございました。