夢を見た。何度も見た夢だ。自分が花少女になって周りに称賛されている夢。没落しかけた家を自分の手だけで救い、怜司とも結婚せずに、余生は作家として過ごす。そんな都合のいい夢をたくさん見た。また同じ夢を見た。
自分の手の紋章が光って、怪我したあやかしを救っている夢。そんなわけ──ないのに。
「ん、うう……」
雨音は魘されながら目を覚ました。部屋には行灯だけの薄暗い天井が目に映った。
何だろう。鼻がムズムズする。
雨音は思わず一つくしゃみをした。瞑っていた目を開けて視界をよく見ると、布団の上に白い猫がいた。次にまばたきして目を開けた瞬間、銀髪の少女が雨音に馬乗りしていた。
「あ、起きた。知頼にぃに呼んでこないと」
「……?! ね、猫が女の子に」
「ね、ね、どうやったらそんな髪の毛綺麗になるの? 帝都の髪洗い粉はやっぱり違うのかな?」
「わ、私はもうずっと帝都には行ってないから、そんな秘訣みたいのはないの」
「ふぅん。真っ黒でつやつやで〝妖帝〟様みたいに綺麗。でもさすがに妖帝様には負けるかな」
「……妖帝?」
雨音が首を傾げていると部屋の襖がガラッと開いた。
「こら! 蛍! 何勝手に部屋に入ってるんだ!」
「知頼にぃに! 〝花少女〟のお姉ちゃん、起きたよ!」
「見れば分かる! いいから離れなさい」
知頼が焦った顔で蛍と呼ばれた猫の少女の相手をしている。蛍は「はぁい」と言いながら離れると知頼が近寄ってきた。
「改めまして、私は知頼と申します。お名前を聞きそびれてしまったのですが……」
「私は雨音です」
「雨音様。急に連れ出してすみません。ここは妖帝様の屋敷です」
「……さっきから、妖帝って?」
「妖帝様は、あやかしの世界の王様です。ずっと我らあやかしをここで守ってくれています」
「あの、此処はどこ……?」
「ね! 雨音お姉ちゃんを妖帝様のもとに案内しようよ!」
蛍が雨音の腕を引っ張って起き上がらせた。知頼は再び「こら!」と叱る。
「すみません。蛍が騒がしくて。この子は猫又のあやかしです」
「はぁい。蛍でぇす。猫又のおじいちゃんと一緒に住んでます」
「よろしく……私は雨音です」
「ほら! 早く案内してあげる!」
知頼が止めるのを聞かずに蛍は雨音の腕を取った。部屋を出て長い廊下を走る。玄関を出て外に行くと、はらりと桜の花弁が雨音の足元に落ちた。屋敷の前の大きな桜がどこからともなく吹雪いていた。
雨音は目を見張った。そこには夕日を差し込んだような橙色の世界だった。
古民家が連なっており、桜の木がたくさんのところに満開に咲いている。古民家は山のように重なっており、天井から光が差している。すると古民家から見たことのないあやかしが様々現れるのを見た。
「──妖帝様が現れる時間だ」
声がそう聞こえた。
「ほら! こっちこっち」
蛍に連れて行かれ、屋敷の前の群衆の中に入った。
屋敷の二階からバルコニーへ人が現れた。
夜に包まれたような長い黒髪に、漆黒の着流し。椿の花を彷彿させるような赤い眼。青白い肌が光を吸い込んで透き通っている。薄い唇であるが、桜色で艶やかなのが妙に瞼の裏に残った。
人離れした美しい男がそこに立っていた。
「妖帝様──!」
「ご機嫌麗しゅう!」
あれが──妖帝。
群衆が一気に騒ぎ出す。妖帝と呼ばれた男は、穏やかに笑うとこちらの手を振った。数多のあやかしに向かっているのに、一瞬自分と目が合ったような錯覚に陥る。
否、違う。実際、さっきから自分と目が合っているのだ。妖帝は鋭い眼光で雨音を捉えると、階段もなしに二階から降りた。漆黒の羽織が翼のように広がってまるで飛んでいるみたいだった。
妖帝は目の前に現れると、コツコツ、と下駄の音を鳴らして近付いてきた。
妖帝が至近距離までに雨音の顔を寄せると、頬にそっと触れた。
「……──見つけた。僕の〝 〟少女」
自分の手の紋章が光って、怪我したあやかしを救っている夢。そんなわけ──ないのに。
「ん、うう……」
雨音は魘されながら目を覚ました。部屋には行灯だけの薄暗い天井が目に映った。
何だろう。鼻がムズムズする。
雨音は思わず一つくしゃみをした。瞑っていた目を開けて視界をよく見ると、布団の上に白い猫がいた。次にまばたきして目を開けた瞬間、銀髪の少女が雨音に馬乗りしていた。
「あ、起きた。知頼にぃに呼んでこないと」
「……?! ね、猫が女の子に」
「ね、ね、どうやったらそんな髪の毛綺麗になるの? 帝都の髪洗い粉はやっぱり違うのかな?」
「わ、私はもうずっと帝都には行ってないから、そんな秘訣みたいのはないの」
「ふぅん。真っ黒でつやつやで〝妖帝〟様みたいに綺麗。でもさすがに妖帝様には負けるかな」
「……妖帝?」
雨音が首を傾げていると部屋の襖がガラッと開いた。
「こら! 蛍! 何勝手に部屋に入ってるんだ!」
「知頼にぃに! 〝花少女〟のお姉ちゃん、起きたよ!」
「見れば分かる! いいから離れなさい」
知頼が焦った顔で蛍と呼ばれた猫の少女の相手をしている。蛍は「はぁい」と言いながら離れると知頼が近寄ってきた。
「改めまして、私は知頼と申します。お名前を聞きそびれてしまったのですが……」
「私は雨音です」
「雨音様。急に連れ出してすみません。ここは妖帝様の屋敷です」
「……さっきから、妖帝って?」
「妖帝様は、あやかしの世界の王様です。ずっと我らあやかしをここで守ってくれています」
「あの、此処はどこ……?」
「ね! 雨音お姉ちゃんを妖帝様のもとに案内しようよ!」
蛍が雨音の腕を引っ張って起き上がらせた。知頼は再び「こら!」と叱る。
「すみません。蛍が騒がしくて。この子は猫又のあやかしです」
「はぁい。蛍でぇす。猫又のおじいちゃんと一緒に住んでます」
「よろしく……私は雨音です」
「ほら! 早く案内してあげる!」
知頼が止めるのを聞かずに蛍は雨音の腕を取った。部屋を出て長い廊下を走る。玄関を出て外に行くと、はらりと桜の花弁が雨音の足元に落ちた。屋敷の前の大きな桜がどこからともなく吹雪いていた。
雨音は目を見張った。そこには夕日を差し込んだような橙色の世界だった。
古民家が連なっており、桜の木がたくさんのところに満開に咲いている。古民家は山のように重なっており、天井から光が差している。すると古民家から見たことのないあやかしが様々現れるのを見た。
「──妖帝様が現れる時間だ」
声がそう聞こえた。
「ほら! こっちこっち」
蛍に連れて行かれ、屋敷の前の群衆の中に入った。
屋敷の二階からバルコニーへ人が現れた。
夜に包まれたような長い黒髪に、漆黒の着流し。椿の花を彷彿させるような赤い眼。青白い肌が光を吸い込んで透き通っている。薄い唇であるが、桜色で艶やかなのが妙に瞼の裏に残った。
人離れした美しい男がそこに立っていた。
「妖帝様──!」
「ご機嫌麗しゅう!」
あれが──妖帝。
群衆が一気に騒ぎ出す。妖帝と呼ばれた男は、穏やかに笑うとこちらの手を振った。数多のあやかしに向かっているのに、一瞬自分と目が合ったような錯覚に陥る。
否、違う。実際、さっきから自分と目が合っているのだ。妖帝は鋭い眼光で雨音を捉えると、階段もなしに二階から降りた。漆黒の羽織が翼のように広がってまるで飛んでいるみたいだった。
妖帝は目の前に現れると、コツコツ、と下駄の音を鳴らして近付いてきた。
妖帝が至近距離までに雨音の顔を寄せると、頬にそっと触れた。
「……──見つけた。僕の〝 〟少女」