せっかく綺麗な顔なのに上半身に切り傷がある。傷から血がどくどくと出ていて止まらない。雨音が男を抑えている右手に血が染まった。右手の紋章を隠している手袋が血で濡れて、雨音は手袋を外した。傷のように残っている手の甲の花の紋章があった。
「……私が花少女だったら、こんなひどい傷も治るのかしら」
 雨音はふと男の傷に手を翳してきた。言い伝えでは花少女はこれで力を発揮できたと聞いた。しかし何も起こらない。雨音は苦笑いして立ち上がった。
「馬鹿なことやってないで、人を呼んでこないと……ちょっと待っていてくださいね! 今すぐ人を呼んできますから!」
 雨音がそう言って立ち去ろうとした瞬間だった。
 手のひらから太陽のような光が溢れた。光は一直線に男を差した。
「……?! な、なにこれ!」
 雨音は光に目を細めながら右手を見詰めた。光は手の甲の紋章から発しているようであった。
 ──これは、まさか言い伝えで聞いていた……。
 雨音はおそるおそる右手を男の傷に差し出した。傷に光が差し込まれ、どんどん治っていった。信じられなかった。全て書物などで読んだ花少女の言い伝えだった。
「う、うう……」
 すると男が唸り声を上げて目を覚ました。男は目をぱちくりさせながら傷に触れる。綺麗さっぱり消えている傷に目を丸くさせる。
「どういうことなのでしょうか……帝都で受けた傷が治っている?!」
 男は穏やかな口調で驚きを見せていた。自分の血で濡れた着物と雨音を交互に見る。ぽかんと間が抜けたように口を開けたままでいる男に雨音は苦笑いする。
「あ、あの……貴方はあやかし?」
「……私は鵺のあやかし、知頼(ともより)と申します。傷は貴女が……?」
「私の名前は雨音。傷は私の手で治しちゃって……私も何が何だか……」
「否、貴女は傷を治しただけではない。私は間違いなく〝邪鬼〟となっていた」
「邪鬼に……?」
「ええ。〝人間の血を飲んでしまった〟せいで。私は帝都におつかいに行っていた際に捕まって、無理やり人間の血を飲まされた。すると私は邪鬼化していた」
「そんなことが? でも、知頼さんは何故、邪鬼になっていないのかしら」
「それは……まさか、貴女は!」
 すっかり元気になったのか知頼は起き上がって雨音に迫った。雨音の右手を掴んでじっと花の紋章を見る。知頼の額にじんわりと汗が出て、ぽたりと雨音の頬に落ちた。
「大変だ……伝説の花少女がいる! 急いで〝妖帝〟に見せないと!」
 すると知頼は突然、鵺の姿に戻った。「申し訳ありませぬ」と一言告げると腕の中に雨音を入れた。鵺の毛がふわふわと雨音の頬を撫でる。知頼は軽々と地面に着地すると崖の下に降りた。
(……いやっ! 崖の下に落ちる?!)
 そのままひゅうーっと急降下していく。雨音はぞっとしたあまりに気絶していくのが分かった。