「文系科目までは面倒見れねーんだから、そっちは自分で頑張れよ」

「あー、そっかぁ。困ったなぁ」

私たちの学校は2年次から文理選択でクラスが分かれる。
つまり理系選択の至くんと文系選択の私は、4月から同じクラスになることがないのだ。

「至くんは私とクラスが離れて寂しくないの?」

「別に。どうせ朝と放課後は会うんだから、今までとそんなに変わらないだろ」

「ええー? 私はけっこう寂しいのに」

至くんがあっけらかんと答えるのに口を尖らせる。
けれどクラスが変わっても彼がこの秘密の関係を続けてくれるのだと知り、私は嬉しく思っていた。

しかしそれもいつまで続くかは分からない。
元々整った顔立ちをしている至くんは、ここにきて雰囲気が優しくなったせいか、みんなから遠巻きにされていたことが嘘のようにモテるようになったのだ。
4月からは新入生も入学してくるし、彼はきっと今以上に人気者になってしまうだろう。
だからこの先、もしも至くんに恋人ができたとしたら、この関係は解消しなければならなかった。
だって恋人でもない私が、こんなふうに彼に触れ続けるわけにはいかないのだから。

「ねぇ、至くん」

「どうした?」

少しだけ横を向いて、ギラギラと金色に光る目を見つめる。

「精気を喰べることには慣れた? もうあんまり気持ち悪いって思わない?」

「ああ」

「そっか、よかった」

至くんの言葉に安堵して微笑むと、彼の瞳がまるで溶け出すかのように和らいで見えた。

「持って生まれたものって、変えられないことの方が多いでしょ? それでも自分の中で折り合いをつけて、納得して生きられるのだとしたら、それってけっこう上等なことじゃない?」

「珍しく殊勝なことを言ってる」

「失礼な。私だってたまには真面目になったりするよ」

いったい私は彼の目にどれほど無鉄砲に映っているというのだろう。
あんまりな物言いに不貞腐れていると、打って変わって真剣な眼差しになった至くんに私は首を傾げた。

「至くん?」

「あんたも……」

「ん?」

「あんたも、何かに折り合いをつけて生きているのか」

それはまるで確信したような問い方だった。
彼の勘のよさに一瞬だけ呆気に取られてしまい、そんな動揺を隠すため、無理矢理に口角を上げる。

「そうかもしれないね」

曖昧な答え方をして口を閉ざすと、至くんはそれきり何も言うことはなかった。
こうすれば聡明な彼が踏み込んでくることはないと、ずるい私は分かっていたのだ。

――自分の中で折り合いをつけて、納得して生きられるのだとしたら、それってけっこう上等なことじゃない?

至くんを励ましたようでいて、本当はいつも自分自身に言い聞かせていた言葉を反芻する。

きっと人間は誰しもそう。
ままならない人生をなんとか送っていくために、たくさん考え、折れて、譲って、どうにかこうにか生きているのだ。
だから辛さも苦しさも全部、自分だけの感情ではない。
そう思えばこそ、生きていける。
いくら私が他人に言えない、おぞましい欲を抱えているのだとしても。