非常に長生きの猫がいるらしい。

 頭が黒くて、身体は白く、お尻には三つ並んだ黒ぶち模様。祖母が結婚して、博多からこの街へ移り住んだ時には、もういたそうだ。だから、少なくとも三十歳以上。
 ただ、猫又のように長生きなのに、尻尾は一本だけ。だから名前は、猫又ず。


「亮ちゃん、今日のお夕飯、秋刀魚ね。今年の秋刀魚は大きかね」

 祖母の声が台所から聞こえてくる。私はランドセルを勉強机に置きながら、適当に相槌を返した。その頃の私は、親の都合で祖母の家に預けられていたが、特にグレたりすることもなく、転校してから数ヶ月でそれなりに親しい友人もできていた。

「ばあちゃん。山《やま》ナンと水《みず》っちと遊んでくる~」

 私は台所に向かって声をかける。

「五時には帰って来るとよ」

 台所の暖簾から祖母は顔出すと、もう玄関で運動靴をひっかけていた私に門限を告げた。


 自転車をこぎ、待ち合わせ場所へと向かう。空き地には、もう山ナンも水っちも来ていた。

「リョーちん遅い~」

 山ナンから遅刻を責められ、私は「ごめん。ごめん」と二人に謝った。

「で、どこから探す?」

 社会科の授業で、この街について一つテーマを決めて調べるというグループ課題が出た。それで私たちのグループは「猫又ず」に決めたのだ。発表のための説明文はできていたが、肝心の猫又ずの写真をまだ入手できていない。
 使い捨てカメラを手に私たちは好き放題生えているススキを踏み折って、空き地を進んだ。

「あ!」

 水っちの声で私は顔をあげる。空き地と隣の家との間にある塀の上に猫がいた。猫又ずかどうかは、わからない。私は無我夢中でシャッターを押した。山ナンも続く。
 しかし、現像した猫の写真はどれもブレていて、猫又ずかどうかは判別がつかなかった。結局、絵の上手い同級生に頼み、イラストで発表は凌いだ。


 あれから数十年。祖母の葬儀が終わった翌日、私は散歩がてら、久しぶりにあの空き地まで歩いた。残念ながら、空き地は駐車場に変わっていた。

 少し落胆していると、目の前を悠然と数匹の猫が通りすぎていく。親猫と子猫たちだろうか。とてもよく毛柄が似ている。彼らの白いお尻には揃って、三連の黒ぶち模様。

 なるほど。猫又ずの「ず」は否定の「ず」ではなくて、複数形の「ズ」だったのだ。思いがけず、長生きすぎる猫の正体を知った私は久方ぶりに頬を綻ばせた。

(了)