半グレ集団を退治した翌日。十分睡眠がとれたからか普段より少し早く起床したため、一本早い電車に乗ることにした。
駅のホームに立っている見慣れた姿のサラリーマンや、他校の制服に身を包んだ女子高生の姿が無いのは、乗る電車の時間を早くしたから当たり前なのに不思議な気分だ。少し景色の見え方が変わるだけで、世界が傾いている様に見える。
電車が到着し、扉が開いたため乗り込む。いつも開かない逆側の扉の右角を陣取っているが、今日は時間が違うせいか先約が居た。特段気にせずに適当な場所に立ち、揺られていればいいはずだったが、そこに居る人物が思いもよらぬ人物で思わず立ち止まる。
瀬爪だ、間違いない。イヤホンをつけながら、窓の外を真っ直ぐ澄んだ瞳で見つめており、俺の存在には気づいていないようだった。
この時間に居るのか、と今一度時刻を確認する。話しかけるのは馴れ馴れしいか、そもそも彼奴は俺の名前どころか顔も覚えて無いんじゃないか、と瀬爪の事ばかり考え、対角線上の角から彼と、彼の眺める先の景色を俺は見詰めた。
気が付けば高校の最寄り駅に到着しており、瀬爪側のドアが開く。最後まで俺の存在に気が付かないまま彼は電車から降りて行ったため、俺もその後を追うように電車から降りた。
ふわりと揺れる彼の真っ黒な髪を後ろから見詰めながら、声をかけるべきか否か迷い続ける。話しかけないまま昇降口に到着したところで彼が急に立ち止まった。此れはチャンスだと思い一歩、少し大きめに足を踏み出して、口を開く。
「瀬爪」
 思ったよりも声が小さく、否、周囲の声が大きくて声が霞んだ。それでも近くにいた彼には自分の名を呼ぶ声が聞こえたのだろう、ゆっくりと此方を振り返り、綺麗で真っ直ぐな瞳が俺を映す。はっきりと映した。目が合った。矢先、不意に逸らされ、彼は何も俺に言葉を発することは勿論、表情も変えずに背を向けて立ち去った。
 可愛くねぇ。この後輩、死ぬほど可愛くねぇ。
 まさか、無視をされるとは思わず、鞄を持つ手に苛立ちからか力が入る。「新山、おはよう」とクラスメイトの長野に声を数度かけられたらしいが、瀬爪に気を取られていたこともあり、肩を叩かれるまで全く気がつかなかった。
 可愛くない後輩のために、昨日の証拠動画を持っているのも馬鹿馬鹿しく感じられる。消してしまおうかと動画を再生しながら、ごみ箱のマークを押そうとしたが出来なかった。俺は所詮、善人なんだと呆れたような乾いた笑いが漏れた。