「どこかふたりだけで食べられる場所ってあるかな?」
きっと三澤は、教室から出てひとりでひっそりと過ごそうとしていたのだろう。翼もクラスメイトの奇異の目がない場所で、三澤と穏やかに過ごしたい。
「非常階段の五階のところ、日が当たって皆避けるから、そこは開いてると思う」
提案されて行ってみる。翼たち一年生の三階は同じ一年生の男女カップルが、二年生の階の四階では二年生男子のグループが占拠していたものの、なるほど五階は日の差す範囲が多いため、人がいなかった。
そこで階段を椅子代わりにして昼食を摂ることにした。
それにしても、まったく日は当たらず暑くない。
お弁当袋を開けて、二段のお弁当箱を出しながらそれに気づいた。
顔を上げて見てみると、三澤がお尻を少しずらして斜めに座るという絶妙な角度を取っていて、背中で日を遮ってくれている。
翼の視線に気づくと、三澤はなんでもないことのように微笑んだ。きつい印象の目元がふわりと柔らかくなる。
途端に、翼の胸はふにゅっと収縮した。昨日三澤が「もう友達だと思ってる」と言ってくれたときと同じで、端っこがこそばゆい。おまけに、三澤がチカチカして見える。
目の錯覚か。いや三澤の赤い髪に太陽の光が反射しているからだ。
翼は思わず手を伸ばし、三澤の耳の下あたりの髪に触れた。
「わ、なに」
三澤が驚いて肩を後ろにずらす。指から髪が離れて、少し残念な気持ちになる。
「えっと。綺麗な髪だなって思って、触りたくなって」
「あ、そ、そうか。俺には大塚のサラッサラの髪の方が綺麗だと思うけど、じゃあ触りっこな」
「えっ? わわ」
撫で撫で撫で、と、子犬の頭をかわいがるように撫でられた。
翼は、それならライオンを触るようにしてみようと思う。ライオンを触ったことはないけれど。
お弁当箱をいったん脇に置いて、両腕を伸ばして側頭部を挟んでみた。
染めているから傷んでいるかと思ったが、意外に柔らかな猫毛だ。翼の中のライオンのイメージに近くて、つい笑みがこぼれてしまう。
けれどなぜか三澤の顔がぽぽっと赤くなり始めて、翼もつられて顔が熱くなった。
「なんか、男子高生の友人同士が、おかしいよね。これって」
「おう。多分な」
「やめよっか」
「ああ、やめよう。とにかく飯を食え」
ふたりで同時に手を下ろす。三澤は手を所在投げに合わせたりこすったりして、翼はお弁当箱を膝に置き直して、蓋を開いた。
おかずは卵焼きにごぼうの肉巻き、昨日の残りのポテトサラダが入っていた。ご飯には赤しそのふりかけが少し振ってある。
すべて翼の体に合わせた塩分控えめの味だが、母親の料理は絶品だと思っている。
翼は卵焼きと肉巻きを半分ずつ、ご飯も半分取って、お弁当箱の蓋に入れた。深い蓋だから上手に入る。
「三澤君、これ」
「え? いいよ、それは大塚の弁当だ。ただでさえ体力を付けないとなんだから、ちゃんと食えよ」
「いいの。一緒に食べたいんだもん。……友達だから、一緒に……」
そう言ったら食べてくれる気がして言ったものの、かなり照れくさい。また胸がふにゅ、と収縮した。
心臓の痛みとは違うが、これはこれで居心地が悪いような、お尻までむずむずしてくような気がする。
「早く持ってよ~~」
だから拗ねるように言ってしまった。三澤は困り顔になりつつ、両手で受け取って「ありがとう」と、おかずに額が付きそうなほど頭を下げてくる。
そして、翼の予想そのままに、「頂きます」と滑舌よく言い、ピン! と指を伸ばして手を合わせた。
翼の両方の口角が自然と上がってしまう。だが、すぐに「あ」と開いた。
三澤が手づかみでおかずを食べ始めたのだ。箸がないからだ。
どうしよう、とお弁当袋の中を覗いても、予備の割り箸は入れてきていない。
「……そうだ」
翼はお弁当袋の中のアルコールティッシュを見つけ、取り出した。
玉子焼きを食べてしまった箸をそれで丁寧に丁寧に拭いて、三澤に渡す。
「はい、どうぞ」
「いや、それは本当にいい。犬食いになるけど平気だから」
焦るように手のひらを振ってくる。
「ご飯は無理でしょ。僕も先に手でおかずを食べるから、ご飯を食べてて」
自分でも大胆なことをしているなと思う。アルコールティッシュで拭いたとはいえ、両親とでも食器を共有したことはない。
けれどドラマや漫画でたびたび見る。友達同士はジュースを同じストローで飲んだり、ひとつのパンをふたりでかじり合ったりするのだ。だからこれも当たり前のこと。
心の中で納得しておかずを口に放り込む。恥ずかしさがあって三澤の横顔は見れないが、ややあって三澤が箸でご飯を食べ始めたのが目の端に映った。少しぎこちないのは、箸に口が触れないように工夫しているからかもしれない。
「うまいな。ふたりで食べるの」
それでもほっとしていると、三澤の小さな声が聞こえた。
「おいしいね」
翼も小さく返す。
お互いに少し笑ってお互いに顔を熱くしていたが、他の誰も、自分たちでさえ、それを見る人はいなかった。
きっと三澤は、教室から出てひとりでひっそりと過ごそうとしていたのだろう。翼もクラスメイトの奇異の目がない場所で、三澤と穏やかに過ごしたい。
「非常階段の五階のところ、日が当たって皆避けるから、そこは開いてると思う」
提案されて行ってみる。翼たち一年生の三階は同じ一年生の男女カップルが、二年生の階の四階では二年生男子のグループが占拠していたものの、なるほど五階は日の差す範囲が多いため、人がいなかった。
そこで階段を椅子代わりにして昼食を摂ることにした。
それにしても、まったく日は当たらず暑くない。
お弁当袋を開けて、二段のお弁当箱を出しながらそれに気づいた。
顔を上げて見てみると、三澤がお尻を少しずらして斜めに座るという絶妙な角度を取っていて、背中で日を遮ってくれている。
翼の視線に気づくと、三澤はなんでもないことのように微笑んだ。きつい印象の目元がふわりと柔らかくなる。
途端に、翼の胸はふにゅっと収縮した。昨日三澤が「もう友達だと思ってる」と言ってくれたときと同じで、端っこがこそばゆい。おまけに、三澤がチカチカして見える。
目の錯覚か。いや三澤の赤い髪に太陽の光が反射しているからだ。
翼は思わず手を伸ばし、三澤の耳の下あたりの髪に触れた。
「わ、なに」
三澤が驚いて肩を後ろにずらす。指から髪が離れて、少し残念な気持ちになる。
「えっと。綺麗な髪だなって思って、触りたくなって」
「あ、そ、そうか。俺には大塚のサラッサラの髪の方が綺麗だと思うけど、じゃあ触りっこな」
「えっ? わわ」
撫で撫で撫で、と、子犬の頭をかわいがるように撫でられた。
翼は、それならライオンを触るようにしてみようと思う。ライオンを触ったことはないけれど。
お弁当箱をいったん脇に置いて、両腕を伸ばして側頭部を挟んでみた。
染めているから傷んでいるかと思ったが、意外に柔らかな猫毛だ。翼の中のライオンのイメージに近くて、つい笑みがこぼれてしまう。
けれどなぜか三澤の顔がぽぽっと赤くなり始めて、翼もつられて顔が熱くなった。
「なんか、男子高生の友人同士が、おかしいよね。これって」
「おう。多分な」
「やめよっか」
「ああ、やめよう。とにかく飯を食え」
ふたりで同時に手を下ろす。三澤は手を所在投げに合わせたりこすったりして、翼はお弁当箱を膝に置き直して、蓋を開いた。
おかずは卵焼きにごぼうの肉巻き、昨日の残りのポテトサラダが入っていた。ご飯には赤しそのふりかけが少し振ってある。
すべて翼の体に合わせた塩分控えめの味だが、母親の料理は絶品だと思っている。
翼は卵焼きと肉巻きを半分ずつ、ご飯も半分取って、お弁当箱の蓋に入れた。深い蓋だから上手に入る。
「三澤君、これ」
「え? いいよ、それは大塚の弁当だ。ただでさえ体力を付けないとなんだから、ちゃんと食えよ」
「いいの。一緒に食べたいんだもん。……友達だから、一緒に……」
そう言ったら食べてくれる気がして言ったものの、かなり照れくさい。また胸がふにゅ、と収縮した。
心臓の痛みとは違うが、これはこれで居心地が悪いような、お尻までむずむずしてくような気がする。
「早く持ってよ~~」
だから拗ねるように言ってしまった。三澤は困り顔になりつつ、両手で受け取って「ありがとう」と、おかずに額が付きそうなほど頭を下げてくる。
そして、翼の予想そのままに、「頂きます」と滑舌よく言い、ピン! と指を伸ばして手を合わせた。
翼の両方の口角が自然と上がってしまう。だが、すぐに「あ」と開いた。
三澤が手づかみでおかずを食べ始めたのだ。箸がないからだ。
どうしよう、とお弁当袋の中を覗いても、予備の割り箸は入れてきていない。
「……そうだ」
翼はお弁当袋の中のアルコールティッシュを見つけ、取り出した。
玉子焼きを食べてしまった箸をそれで丁寧に丁寧に拭いて、三澤に渡す。
「はい、どうぞ」
「いや、それは本当にいい。犬食いになるけど平気だから」
焦るように手のひらを振ってくる。
「ご飯は無理でしょ。僕も先に手でおかずを食べるから、ご飯を食べてて」
自分でも大胆なことをしているなと思う。アルコールティッシュで拭いたとはいえ、両親とでも食器を共有したことはない。
けれどドラマや漫画でたびたび見る。友達同士はジュースを同じストローで飲んだり、ひとつのパンをふたりでかじり合ったりするのだ。だからこれも当たり前のこと。
心の中で納得しておかずを口に放り込む。恥ずかしさがあって三澤の横顔は見れないが、ややあって三澤が箸でご飯を食べ始めたのが目の端に映った。少しぎこちないのは、箸に口が触れないように工夫しているからかもしれない。
「うまいな。ふたりで食べるの」
それでもほっとしていると、三澤の小さな声が聞こえた。
「おいしいね」
翼も小さく返す。
お互いに少し笑ってお互いに顔を熱くしていたが、他の誰も、自分たちでさえ、それを見る人はいなかった。