「いいぞー、(かぶち)ーっ! 行けーっ!!」

 クラスメイトからの声援を背中に受けながら、俺は目の前に対峙する男の額に集中する。

 奴の視線は右前方から来る別部隊からの突撃に気を取られていて、俺の方まで意識が向いていない。

(今だ……!!)

 額目掛けて思いきり腕を伸ばしした俺は、そこに巻かれていた白いはちまきを流れるように奪い取る。

「あーっ!!! やりやがったな橙!!」

「っしゃ、これで三本目!」

 悔しがる負け犬の遠吠えを尻目に、自身の腕に掛けられたはちまきを見て俺は勝利を確信する。それと同時に終了のホイッスルが鳴り響いて、騎馬戦は俺のチームが危なげなく勝利を収めた。

 今日は待ちに待った体育祭。身体を動かすことが好きな俺にとって、楽しみだった行事の真っ只中だ。

「キャーッ! 千蔵くん頑張ってー!!」

 続いて二回戦に出場する選手が登場すると、これまでとは比較にならない黄色い歓声が上がる。振り返るまでもなくわかっていたことだが、歓声の先にいたのは赤いはちまきがよく似合う千蔵の姿だった。

 騎馬として動く千蔵は無駄のない足取りでチームに指示を出し、最短ルートではちまきを奪取させているようだ。

「あいつ、運動神経まで抜群なのズリ―よなあ」

「さすが王子。コケろー!」

「ちょっと男子! 王子になんてこと言ってんの!」

 外野からヤジが飛び交ってはいるが、誰も本気でそう思っていないことはわかるので一種の戯れなのだろう。

 千蔵が嫌味の無い性格をしているからこそ、アンチのような人間が存在していないのかもしれない。

 午前の種目を無事に終えた俺たちは、一旦休憩を挟むと共に昼食の時間を迎える。

 教室内であれば弁当はどこで食べるのも自由となっているが、普段のメンツとは異なってチームを組んだ者同士で固まっている席も多い。

「橙、たまには一緒にどう?」

「千蔵」

 どこで昼食にするかと考えていた俺の肩を叩いたのは、同様に弁当を片手に持った千蔵だった。特に断る理由もないので、俺は手近な席同士を寄せて食事スペースを作る。

「午前中だけでも結構動いたね。橙、騎馬戦大活躍だったじゃん」

「まーな。つってもおまえだって結構活躍してたろ」

「あ、見ててくれたんだ?」

「そりゃ、チームの勝利にはおまえの活躍もかかってるからな」

 そうは言ったものの、見るなと言われても見ない方が無理だろう。動きというよりも存在が目立つのだから、千蔵が場に出ていれば誰もがそちらに注目するはずだ。

 現に今だって千蔵の方をちらちらと見る女子や、好奇の目を向けてくる男子の姿もあるが、最近では俺も随分と慣れたものだ。

「……人目は大丈夫?」

 不意に千蔵が声を潜めたので、必然的に聞き取りやすいよう少しだけそちらに身を寄せる。

「体育祭って楽しいけど、種目に出場してる間って注目されるから」

「ああ、平気。喋れる相手もいるし、集中できるもんがある時はな」

「そっか、それならまずは安心かな」

 まさか、体育祭の間もこちらを気に掛けてくれているとは思わなかったので、ホッとした様子の千蔵に驚いてしまう。

「何かあったら、オレのところに来ていいから」

「過保護。何もねーって」

「無いなら無いでいいんだって」

 千蔵のそばで感じる居心地の良さは相変わらずで、むしろ心地良さが増しているような気さえする。

 それはひとえに、こうしてこの男が常に俺のことを気遣ってくれているからなのだろう。

(……千蔵は、なんでそこまでしてくれんだろうな)

 損得勘定で動く男ではないのだろうが、千蔵という人間を知る度にますますわからなくなる。

『嫌じゃないならそばにいて』

 そう言っていた千蔵の顔が思い浮かぶ。甘えていいと言われているのだとしても、そうすることでコイツに何かメリットはあるのだろうか。

(千蔵って、世話焼き体質なのかもな)

 そんなことを考えながら、俺は午後の種目に備えるために腹を満たすことに専念した。