(かぶち)さぁ、最近よく千蔵と一緒だよな」

 指摘を受けた放課後。いつかはそんな質問をされる日が来るかもしれないと思わなくもなかったが、いざ現実となると少々面倒だと感じてしまう。

 教室移動の準備を始める俺の前の席に座ってじとりとした視線を向けてくる塚本。興味本位が三割、残りは最近構ってやらないことへの恨み節といったところか。

「いや……勉強教わってたし、まあちょっと」

「えっ、橙くん王子と仲良くなったの?」

「なになに、王子の話!?」

 俺の声が耳に届いたらしく隣の席の女子が反応したかと思うと、連鎖的に他の女子たちもわらわらと集まってくる。

 あっという間に自席の周りを囲まれてしまった俺は、まるで取り調べを受ける容疑者の気分だった。

「王子ってなに好きなの?」

「さあ……猫とか?」

「王子ってどんな風に過ごしてるの?」

「さあ……?」

「王子って音楽なに聴くの?」

「さあ……?」

 四方八方から飛び交う質問の嵐に、俺は聖徳太子ではないと言いたくなる。けれど次第に質問の声が止んでいったかと思うと、なんだか妙に残念そうな視線が増えていく。

「……な、なんだよ……?」

「橙って、仲いいわりに王子のことあんまり知らないんだね」

「は?」

「っていうか、ホントに仲いいの?」

 勝手に寄ってきて勝手に失望するクラスメイトたちに、俺のこめかみに青筋が立っていくのがわかる。

「上等だ、なら何だって調べてきてやる!」

 そうして勢いで返してしまった俺は、なぜだか千蔵についての調査をすることになってしまった。

 登下校には相変わらず千蔵がやってくるので、調査のタイミングはいくらでもあるのが幸いだ。帰りにちょっと買い物に行かないかと誘ってみれば、千蔵は二つ返事でそれを承諾する。

 駅前の商店街をふらふらと歩きながら、俺は調査を実行するためにそれとなく質問を投げかけていく。

「おまえさ、そういうの好きなのか?」

「ん? これ?」

 古着屋の店先で手に取ったカジュアルなシャツは、胸の辺りに不可思議なキャラクターがプリントされている。先日出掛けた時とは違った印象だと感じたそれを、千蔵は首を横に振って俺の身体に当ててくる。

「ううん、橙に似合いそうだなって思って」

「俺……?」

 似合うだろうかとシャツを見下ろすが、確かにこういったデザインの服は嫌いではない。

「じゃあ……買う」

 丁度新しいシャツも欲しかったしなと頭の中で言い訳を並べて、俺は千蔵の選んだシャツを購入した。

 次に千蔵が目を留めたのは、食器や調理器具などを扱う古めかしい店だ。

「おまえ、料理とかすんの?」

「まあ、多少はね」

「へえ。なに作れんの?」

「ん-、簡単なものだよ。カレーとかオムライスとか、あとは炒め物とか」

 王子は料理までできるのかと、複雑そうな顔をする塚本の姿が容易に想像できる。

「……橙さ、なんか今日変じゃない?」

「え、変か……?」

 指摘を受けた俺はぎくりとしてしまったことで、千蔵に余計な疑念を生ませてしまったと感じる。

 しまったと思ったところで後の祭りで、圧のある視線に追い込まれた俺は後退した先で壁に背中をぶつけてしまう。

「一緒にいるし、確かにオレのこと見てるけど……なんか、蚊帳の外にいる気分」

 これが噂に聞く壁ドンというやつなのかと、どこか他人事のように考えていた俺に白状しろとばかりに千蔵が迫る。

「どういうつもり?」

「いや、その……ええと……」

 観念した俺は事の経緯を素直に話すほかなく、別に悪いことではないはずなのだが妙な罪悪感に駆られる。

 さすがに怒っているだろうかと泳がせていた視線を戻してみると、そこにあったのはどこか拗ねたような千蔵の表情だった。

「なんだ、橙がオレに興味持ってくれたわけじゃなかったんだ」

「それは……」

 確かに始まりこそクラスメイトからの質問責めではあったのだが、厳密に言えばそれだけではないという気持ちもゼロではない。

 本当に仲がいいのかと問われて、俺は内心で面白くないと感じたのだ。

 他の奴らが知らないであろう顔も俺は知っているのに、千蔵について知らないことの方がまだまだずっと多いという事実。

「……知りたいと思ったのは、俺の意思でもあるけど」

 共に過ごす友人ならばきっと、相手のことを知りたいと思うのは普通のことだろう。だから別に、それを白状するのは恥ずかしいことではない。

「…………そっか、ならいいや」

 だというのに千蔵がやけに甘ったるい顔で笑うものだから、俺はやっぱり言うべきではなかったのだろうかと、密かに後悔していた。