相談者 真野(まの)(じゅん)は、よほど、結婚を急いでいるようだった。これは何か訳ありかと思い、それとなく理由を聞いてみた。

 彼は、愛が通う大学の大学院生で、何かの研究をしているようだ。

 本人曰く、恋愛や結婚には、全く興味がなく、日々研究だけに没頭していたいらしい。つまり、見た目通りの人だった。

 しかし、周りがそれを許さない。両親や、彼が師事している教授などが、事あるごとに、「誰か好い人はいないのか」「身を固めてはどうか」と、彼の将来を案じてくる。それがとても煩わしい。その煩わしさを回避するには……

 そうだ! サッサと結婚してしまえばいいのだ!!

 という考えに至ったのだと言う。

 なんだか、動機がめちゃくちゃ歪な気もするが、本人が望んでいるのだから、ここは、一肌脱ぐしかあるまい。

「と言うことで、愛くん! 一肌脱いでくれ」
「いきなり、セクハラですか? 最悪ですね」
「イヤイヤイヤ。違うじゃん。コレは、言葉の綾じゃん。知らない? 一肌脱ぐって?」
「知っています。冗談です。コミュニケーションの一環です」

 は? 冗談!? そんな、苦虫を噛み潰したような顔で、冗談とかやめてよ。そんなんだから、内定取れないんだよ。

 僕は、暫くの間、上を向き、いつもよりも瞬きを多めにした。

 なんとか気持ちを落ち着けると、辺りを伺う。僕たちは、依頼を遂行する為に、純と愛の通う大学へとやって来ていた。

 依頼者の身近なところに、お相手となり得る人物がいないだろうかと、物陰からそっと様子を伺う。

「愛くん。真野くんの第1条件は、なんだったかな?」
「髪の長い人、だそうです」
「は? 何それ? 美人とか、金持ちとか若いとかじゃなくて?」
「私欲がダダ漏れですね。軽蔑します」

 僕は、両手を顔の前で思いっきり振って、射殺(いころ)さんとするかのような、愛の冷たい視線を散らす。

「ち、違うよ。よく聞く条件を言っただけ。でも、長い髪って……」
「長い髪は、手入れが大変なので、それを維持し続けている女性は、他でも努力を惜しまずにしてくれそう、とのことです」
「な、なるほど。着眼点が些かユニークな気がするけれど、一理あるかも」

 変に納得をした矢先、数メートル先の角から、沢山の取り巻きを連れた女性が現れた。

 緩く巻いた長いミルクティー色の髪を(なび)かせるその様は、まさに、ターゲットにふさわしい。

「愛くん! あの人!! あの人にしよう」

 僕の指示に従って、弓の名手、岡部愛は、サッと矢を(つが)え、初任務に手を掛けた。