透明な花束

季節は突然、すっかり冬になった。
受験を前に周囲がピリつく中でもどこか穏やかでいられたのは駿のおかげだった。

朝、自習室で少し勉強してから教室に行くのがルーティンになっていた。
その日は教室に入るとすぐクラスメイトの田中というやつに声をかけられた。

「涼、これ聞いた?」

「どれ?」

「これこれ」

好きな音楽が似ていて、3年でクラスが同じになってからたまに話す仲になった。
田中は野球部でもあったので、駿も含めて話すことのほうがよくあった。
坊主からすっかり伸びた髪型も、冬になればだいぶ見慣れたものだ。

「新曲出たんだ。昨日?」

「聞いてみ。イントロから最高」

マフラーを外しながら田中に手渡されたイヤホンの片方を耳に突っ込む。

「本当だ。いいね」

田中がだろ!?と嬉しそうに笑う。
その後ろに、ネックウォーマーに口を埋めながら歩いてくる駿が見えた。

「おはよう」

「はよ」

寒い朝、まだ眠いのが伝わってきて面白かった。

駿は田中のと近い自分の席についてノートや教科書を机の中に放り込んでいく。

「駿と涼って幼稚園とかから一緒なんだっけ?」

「うん」

「えー昔からこんな感じなん?」

「こんな感じがどんな感じかわからないけど、まあそんなに変わってないんじゃない」

斜め後ろに駿の気配を感じながら駿の話をするのは緊張した。
付き合い始めても、俺と駿の距離感は社会的には何も変わらない友だちのままだ。
その方が気楽だから。
だから俺が今ちょっとドキドキしていると知っているのは駿だけだ。
きっと駿はわかっている。
それが気恥ずかしかった。

「でも昔の方がモテてたかも」

「ガチ?モテ伝説昔からなんだ?」

「足速いからね」

「あーね。小学生ってそれだけよな」

「うん」

「てか、駿って涼にはちょっと冷たいよな」

「そう?」

「聞き捨てならねーこと言ってんな」

駿が体をこちらに向けて会話に参戦する。
その顔からは焦りが窺えて、きっとその心境を知れるのも俺だけだ。

「いや、涼の前ではあんまりニコニコしないっていうか。真顔じゃん」

「そう?」

俺にはない田中の新たな視点にはてなが浮かぶ。
冷たくされた覚えはないが、愛想笑いがないのは確かになと思う。
そんなものはし尽くして、もう必要がなかった。
お互い踏み込んでほしいスペースの重なりが広くなっていた。

「変なこと言うなよ…」

駿はやめてくれ…と頭を抱えた。
その様子を田中は不思議そうに、俺は笑って見つめた。