「うわ、びっくりした。涼どうしたの。塾は?」

その日の放課後、俺は駿の部屋に来ていた。
気がついたら足が向かっていて、駿の母親とヘラヘラ言葉を交わして部屋に入れてもらえていた。

「今日は授業ないし、自習室行くくらいならここで勉強しようかと」

駿の勉強机を借りて数学の問題集を解いていた。
その手を止めて学校から帰ってきた駿に応える。

「ああそう。母さんが入れてくれた?」

「うん。少し出るけどまた帰ってくるって」

「そっか。飯も食ってくの」

「うん」

ただ不安な気持ちを駿にぶつけているだけだ。

「駿、今日泊まっていこうかな」

学校にいても家にいても塾にいても、どうしようもなく不安に襲われる。
不安でここに逃げ込んだ。
駿の瞳に吸い込まれ、そこに安住してしまいたい。

「どうしたの、なんか変じゃない?」

「別に。卒業したら遠距離になるし、今のうちに一緒にいたほうがいいだろ」

「遠距離って、そんな遠くないよ。俺会いに行くし」

そうじゃない。
そういうことじゃないのが伝わらない。
忘れるのは、離れるのは避けられないことなんだ。
それはもう夕日が沈むような勝手さで。

「涼、手握って」