透明な花束

翌朝、いつも待ち合わせるマンションのエントランスにはむすっとした坊主頭の駿がいた。
めちゃくちゃ拗ねてる。
理由は知らないがそれは確かにわかった。

俺、晴、駿は3歳の頃に建ったこのマンションにやってきた。
駿は4階、俺と晴は5階の隣同士に住んでいる。
遊び場所はすぐそばの公園で、3人で仲良くなるのは必然だった。

高校生になって、駿は野球部で小学生の頃からやっている野球を続け、晴は野球部のマネージャーになった。
昔に比べれば一緒にいる時間は減ったけれど、今みたいなテスト前の部活動休止期間は登下校を共にする。
誰が言い出したわけでもなく、出発地も目的地も同じなんだから自然とそうなっていた。

「あれ、晴ちゃんは?」

「ライン」

「え、ああ」

口を尖らせた駿がひと単語だけ言う。
なんなんだ、ラインを見ろってことか。

『ごめん、寝坊。先行ってー』

10分前に晴から連絡が来ていた。
昨日の告白はどうなったのか。
気になっていたけれど2人を前にどんな顔をしたらいいのかわからなかったので助かったのもまた事実だ。

「行くか」

俺が声をかけると駿は黙ったままついてくる。
マンションから一歩外に出るとピッカピカに輝くお天道様がアスファルトを照りつけ、眩しい。

「あちー。夏始まってるよな」

「んー」

駿はまだ生返事だ。年々背が伸びる駿を見上げ、顔色を伺った。
既に日焼けしているように見える顔や首に汗が滲んでいる。
やっぱり夏、始まってるよな。

「何、怒ってるの?眠い?」

「なんで昨日先に帰ったの?」

思いがけない駿の言葉に、自分の瞼がぴくっと動いたのがわかった。

「え。先帰ったから怒ってんの」

「何」

駿はだからなんだとでもいいたげにそっぽを向いてしまう。
なんだその可愛さは!
思わず口元が緩んだ。
もう十何年も一緒にいて、たった一日一緒にいなかっただけでこんなに拗ねるとは思わなかった。
なんなら一緒にいることに飽きてもらっても驚かない。

「もういい。先行く」

「待てって」

俺がニヤニヤ笑ったことに気がついた駿を、俺は笑顔のまま追いかけた。